北京、香港、台湾など中国語圏で活動するE-RUNと、日韓を拠点に活動し、2017年第9回小田島雄志翻訳戯曲賞を受賞した在日韓国人の洪明花によるユニット・亜細亜の骨の第2回リーディング公演が9月30日から10月1日まで東京・Space早稲田にて上演された。
「屋根に雪降り積む」は90年代に日本でも話題になった映画『牯嶺街少年殺人事件』の脚本家の一人であり、また詩人としても知られる鴻鴻による作品である。ポール・オースター『写字室の旅』を原作にした台湾の戯曲を演出するのは川口智子。
30分にも満たない短い作品ではあるが、ヘルパー(滝本直子)が老人(武内靖彦)に話しかけるというシンプルな脚本でありながらも、引き込まれるのはこの戯曲が原発の災禍について警告を発している作品を日本で上演しているという理由だけではないはずである。
韓国では劇作家・演劇学者として知られる李根三による作品「流浪劇団」は1940 年代初期の韓国を舞台にした、全国を巡業する「流浪劇団」の生活を通して、人生の持つ意味や人生が抱える反復的要素を肯定的な視野で考察たコミカルな作品。劇中では、思想劇、新派劇、韓国の伝統的なマダングッ(広場劇)などの様々な演劇形態が登場し、韓国では演劇を志すものなら誰でも知っているというポピュラーな作品でありミュージカルとして上演されることも多い。今回の小林七緒(流山児★事務所)による演出版ではリーディング公演と銘打ちながらも歌あり、仮面劇あり、韓国楽器の生演奏ありとリーディングの枠に縛られない演出で会場を沸かせていた。
本作は、8月に台北フリンジフェスティバルにて上演されたリーディング公演・別役実の『受付』(中国語と日本語の2バージョン)に引き続き、亜細亜の骨が企画する『演劇でアジアを繋ぐ!』企画の第2弾。11月には第3弾として台北にての鴻上尚史作『トランス』を台湾人キャストによる中国語の上演を行う。
作家コメント
『屋根に雪降り積む』 日本リーディング公演によせて 鴻鴻
2011 年の河床劇団の企画――ホテルの客室でのアートフェスティバル。 4 人の演出家に依頼し、1 部屋ずつ使い、単独で1 人のお客様に1 時間の作品を見せる。フェスティバルの名前は「開房間―― Just for You Festival」*1。私はその依頼を受けた演出家の1 人である。たった1 人の観客に向けての演出、こんなチャンスは滅多にない。私は観客を芝居の中に引きずり込み、役者の1 人にしてしまおうと考えた。
当時は福島の事故が起こって間もなく、台湾では反核というテーマがまだ社会の普遍的な共通認識として浸透していなかった。私はこの作品を通して観客に警告しようと考えた。――例え劇場の中にいても、ホテルの中にいても、核の放射能はそんなものをすり抜けて迫ってくるのだと。平井憲夫の『原発工場員の最後の遺言-福島事故15 年前の災難予告』が翻訳出版された時に、私はインスピレーションが湧き、台湾のセメント工場長を務めた経験を持つ詩人にインタビューしていたので、環境を破壊する仕事に従事する人達の心境を理解していた。そして、2 人の女優・楊禮榕(ヤン・リーロン)と陳雅柔(チェン・ヤーロウ)と一緒にこの作品を作ることにした。上演の際には2 人がヘルパーの役を交代で演じた。
この作品を日本の観客の前で上演する日が来るとは思っていなかった。原発に関しては、日本では台湾のように警告の必要はないはずだ。すでに原発に対しての強い思いがあってしかり。でも今後も災害や事故が無くなることは決してない。そういう意味では、このような警告は、ひょっとすると永遠にあってもいいのかもしれない。友・山崎理恵子の試みに感謝、もっと美しくあるべき世界のために、共に闘って行きましょう。
*1中国語で「部屋を取る」という意味。
鴻鴻(ホンホン 本名:閻鴻亞)/台湾
詩人・演出家・劇作家・映画監督。台湾では小劇場から大劇場オペラまで手掛ける万能な演出家。今年東京でも上映されたエドワード・ヤンの90 年代の映画『牯嶺街少年殺人事件』の脚本家の一人。
現代詩は、日本でも思潮社より、詩集『新しい世界』(三木直大編訳) が出版されている。
代表挨拶(当日パンフレットより)
『亜細亜の骨 演劇でアジアを繋ぐ!』企画 第二弾リーディング公演開催にあたって
亜細亜の骨 主宰 山﨑理恵子
亜細亜の骨は、固定のメンバーは決めず、その時々でご縁の有った方々と一緒に何かを創り、劇場空間でお客様とそれを共有したい。と、芸術的探究よりも、むしろ「出会うこと」を渇望し、今年1 月に出発しました。
この「演劇でアジアを繋ぐ!企画」は、2017 年度アーツカウンシル東京からの助成を受けて行っています。企画内容は3 つあり、8 月台北にてのリーディング公演・別役実の『受付』(中国語と日本語の2 バージョン)。9 月Space 早稲田での台湾と韓国の作品の翻訳リーディング。11 月、台北にての鴻上尚史作『トランス』の中国語翻訳公演。これは台湾で同じく今年旗揚げした劇団・亜戯亜との共同制作です。どちらも生まれたばかりの団体なのに私たちは日本・台湾、両国の助成金を受け、牯嶺街小劇場という日本植民地時代の派出所を改造して作った小劇場でこの作品を上演します。まさにコラボ! 周りの演劇関係者達からは「なぜ、新参者に助成金が獲れるのだ?」と不思議がられているようですが、ちっぽけな力しかないけど、でも、本当に仲良くなりたいんだよ! という気持ちが、ちょっとは通じたのかなと(笑)。皆様の応援をいっぱい受けながら、日本・台湾・韓国・中国・アジアのたくさんのお客様に、面白い作品が届けられるように精進したいと思います。皆様、今後ともご支援よろしくおねがいします。
本日は、ご来場、本当にありがとうございました。
演出家コメント
劇場という写字室 川口智子
老人は狭いベッドの縁に座って、両の手のひらを広げて膝に載せ、うつむいて、床を見つめている。真上の天井にカメラが据えられていることを、老人は知らない。シャッターは一秒ごとに音もなく作動し、地球が一回転するごとに八六四〇〇枚のスチール写真を生み出す。かりに監視されていることを老人が知っていたとしても、何も変わりはしないだろう。彼の心はここになく、頭の中にあるさまざまな絵空事のただなかに迷い込んでいるからだ。自分にとり憑いて離れない問いへの答えを、老人は探している。
――ポール・オースター/著、柴田元幸/訳『写字室の旅』
『屋根に雪降り積む』の3冊目の底本、オースターの『写字室の旅』の冒頭。鴻鴻は、なんて素敵な発明をしたんだ! と震える。ホテルの一室での演劇、1人の観客に演劇の進行を担わせ、かつて原発(もしくは花蓮のセメント工場)に従事したおじいさん(上演では人形)の話をして聞かせる。その空間が、オースターの“写字室”(=Scriptorium、写本のための部屋)なのだ。
訳者であり、この企画の産みの親でもある山崎理恵子は、「(上演にあわせて)台本はいかようにもして」とバトンを渡してくれた。そこで、この上演では、オースター/平井/林の3冊の底本から、1室で1人の俳優と1人の観客で進行する演劇(実は、最後1人の登場人物も出てくる)へ変化させた“鴻鴻の発明の力学”を、翻訳上演することにした。上演から上演の翻訳。それができるのは、 “写字室/劇場”。失われた人間の物語を何度も蘇らせる場所。
この素晴らしい劇作家との出会いに感謝します。
川口智子(かわぐち・ともこ)
1983年生まれ。東京学芸大学大学院修了。2010年よりサラ・ケイン『洗い清められ』(訳:近藤弘幸)の連続上演“Cleansed Project”を企画・演出し、4つの異なる上演をつくり上げた。2013年より、香港のドキュメンタリー映画監督・卓翔とともに「絶対的」プロジェクトを開始。東京と香港のアーティストの交流の場を開き、『絶対飛行機』(作:佐藤信)の上演を続ける。その他の演出作品にベルナール=マリ・コルテス『タバタバ』、エリック・サティ『メドゥーサの罠』(清水寛二との共同演出)など。
横浜の小さなアートスポット「若葉町WHARF」Artistic Associate。
志のある友よ! 小林七緒
本日は、お忙しい中のご来場、ありがとうございます。
私がこの作品と出会ったのは、半年ほど前。「リーディング公演を やろう」と声をかけていただき戯曲を探していた時でした。『流浪劇団』。まず、このタイトルにワクワクしました。成功と失敗を繰り返しながら、全国津々浦々を旅してまわる劇団の話!読んでいくうちに、これは1971年に書かれた韓国の戯曲だが、近い未来の私たちの話でもある、と思いました。
『流浪劇団』は、1960年代後半の韓国の、最も過酷な軍事政権下、韓国戯曲の復興のために全国を巡業した劇団「架橋」のために書いた作品と言われている。作品の背景は、日本帝国主義の民族抹殺政策がもっとも厳しい1940年代初期。(作品解説より)
権力側に都合のいい芝居をする劇団は優遇される。独立運動をテーマにした作品が思想劇とみなされ、逮捕される。コミカルに描かれているのに、なんだかとても生々しく感じられたのです。
冗談ではなく息苦しくなっていく昨今の日本。こんな時代にはしたくない、との願いも込めて上演します。リーディングですので、自由に想像しながら、彼らと一緒に旅をしてください。
小林七緒(こばやし・ななお)
俳優・演出家。流山児★事務所所属。2000年9月より1年間、文化庁在外研修員としてカナダ留学。帰国後「若手演出家コンクール2001」で最優秀演出家賞を受章。俳優の持ち味を生かした、緻密でテンポのある演出に定評がある。主な演出作品に『夢謡話浮世寝問』『標的家族!』『7ストーリーズ』『桜の園』『ピアフ~私は何も後悔しない~』『新版・長寿庵啄木』など。日本演出者協会理事。
キャスト・スタッフ
『屋根に雪降り積む』
作:鴻鴻
翻訳:山﨑理恵子
演出:川口智子
音響協力:島猛
学芸協力:野田容瑛
協力:周浚鵬(ポンポン)/台湾
――出演――
滝本直子 + 武内靖彦
『流浪劇団』
作:李根三
翻訳:洪明花
演出:小林七緒
作曲:諏訪創
照明:野中千恵
仮面製作:佐原由美
――出演――
解説者/マンサク/劇団金星の団長:石本径代
イ・セサン(団長)/村長:上田和弘
ひげ(副団長)/キル刑事:中野英樹
クムガンサン:中島幸一
チリサン:岩井翔
オ・ソゴン:木野本啓
ユン・ハス:荒木理恵
パク・ヘニョ:竹内朋子
チン・セシル:佐原由美
チャ社長/宿の主人:みょんふぁ
チラシデザイン:岸本昌也
制作:藤田侑加
企画・主催:亜細亜の骨
後援:流山児★事務所
助成:アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)