フィリピン・マニラのスラム街を舞台に、母親を買うことを思いついた少女ブランカと盲目のギター弾き・ピーターの幸せ探しの旅を描いた映画『ブランカとギター弾き』が、いよいよ7月29日(土)より日本公開される。
日本人として初めてヴェネツィア・ビエンナーレ&ヴェネツィア国際映画際の全額出費を得た長谷井監督渾身の作品が、いま世界で感動の連鎖を起こしている。YouTubeの歌姫として国内外で人気を集めていたサイデル・ガブデロと、実際にフィリピンの街角で流しの音楽家として活躍していたピーター・ミラリを主演に抜擢し、その他のほとんどの出演者も路上でキャスティングされた。
「お母さんはいくらで買えるの?」と真直な瞳で尋ねるブランカ。彼女の透き通った歌声が心にしみる。この度、世界中を魅了した日本人監督・長谷井宏紀氏にお話をうかがうことができた。
― 監督がこの作品を制作しようと思ったきっかけは何だったんでしょうか?
この映画を作ることになった流れは2つあるんですが、1つは、僕が28歳くらいの時から世界中を旅している中で、フィリピンでスモーキー・マウンテンと呼ばれているゴミの山に出会いました。自分のなかで社会の見え方やいろんなものが変わっていった時期に、そこで出会った子供たちと「いつか一緒に映画を作ろう」と約束をしたんです。ずっとそれを実現したかった。そのためにヨーロッパの人たちと企画を立てていたので、時間がかかってしまい、その約束から10年くらい経ってしまいました。
もう1つは、フィリピンの子供たちからもらった温かくて前向きな力を、いろんな人とシェアしたかったという気持ちがあったから。僕が彼らからもらったこと、その気持ちが映画を通して繋がっていくと嬉しいですね。
― 今作は、ヴェネツィア国際映画際の出資を得て制作されたとお聞きしました。
ヴェネツィアが応援してくれなかったら、僕は映画を作れていないと思います。例えば、「路上で生きている子供たちをキャスティングして、こういうストーリーで映画撮りたいです」と初監督作品で、日本のプロデューサーさんたちに僕がアプローチをかけても、そういうものに投資するのは難しいわけで…。やっぱりリスクは高いし、どうなるか読めないですからね。世界で一番古い映画際と言われるイタリア・ヴェネツィアは、芸術や映画というものに対して良きものには応援するという姿勢があるんです。それは彼らの自負やプライドがさせるもの。そこに自分がお世話になったのはとても光栄で、ラッキーなことだと思います。
― 出演者たちの演技がとてもリアルで、演じているのかしら?と思えるほどでした。監督はキャスティングにとてもこだわりがあったそうですが。
意外とちゃんと演じてるんですよ(笑)。凄いんです、彼ら。自分のなかでキャスティングが一番大きい位置を占めていました。思い通りにキャスティングが出来たときはとても嬉しかったです。本当に大変でした。ずっと道を歩き続けて、セバスチャンに出会えたときは嬉しかったです。セバスチャンを見つけるのに1か月半から2ヵ月かかっていますから。ラウルもなかなか見つからなかったですね。本当にひたすら道を歩くという日々でした。自分はいったい何をやってるんだろう・・・という感じでしたね(笑)。
― セバスチャンは本当にスラムに住む子供だったのですね。では、演技の経験もないということ?
そうです。スラム街に大家族で住む子供です。みんな、演技の経験はほとんどないです。
― とても存在感のあるピーターでしたが、映画撮影のあとに亡くなられたとのこと。とても残念でしたが、監督にとってピーターはどんな存在でしたか?
もし、僕が日本で映画を作ることになったら、絶対にピーターを呼びたいと考えていたんです。絶対に画面のどこかにいてもらいたいと思っていたので、本当に残念でした。今回出演した子供たちも何らかの形でまた出演してもらいたいと思っていますが、特にピーターは最高でしたね。フィリピンは、ギャラの支払いが日払いなんです。もちろん、ピーターにもちゃんとギャラを払っていたんですが、最終日にクルーがざわついていたので「どうしたの?」と尋ねたら、「ピーターが5000円くらいしかお金を持ってないらしい」って。毎日払っていたギャラを、彼は困っている人たちや親戚に全部配っていたらしいんです。それでもピーターはニコニコしてるんです。
― そんなことがあったのですか? 映画の中のピーターそのものですね。ブランカとの息もピッタリでした。
映画が始まる前に演技のワークショップを2週間くらい行ったので、ピーターとブランカ(サイデル)は、なるべく一緒にいるようにしてもらいました。
― ブランカのキャスティングも大変だったとか?
ブランカを探して道を歩いたこともありました。最初にキャスティングした女の子で、上手く進められないことが色々出てきて、このままでは続けていくのが難しいんじゃないかという話なったんです。やはりブランカ役は主役ですから、撮影期間を耐えられる子じゃないといけない。サイデルは、ワークショップの時に僕のテーブルの前にブランカのイラストを描いてくれたんですが、“サイデル=ブランカ”と書き込んで、「私、やるんだから!」という強い意思を示してくるんです。「この子、凄いな。この子でいこう!」と決めました。
それでも、撮影当時のサイデルは11歳。初の映画で初めての演技、そして主役というのはとても大変なことです。でも彼女は耐え切った。彼女の意志の強さ、ハートの強さには感心しました。彼女には本当に感謝しています。
― 最後のシーンはとても感動的でした。
僕はいつかまたフィリピンで映画を作りたいなと思っているんです。最後の彼女の表情はとても大切なシーン。でも、演技経験もない11歳の女の子が表現するのは難しいことなんです。撮影も最終日だったんですが、実はその表情を作るのにカメラを回しっぱなしで、サイデルに「今日までよく頑張ったね、これで最後だからお別れだね・・・ありがとうね」と話しかけ、悲しそうな顔をしたところで、今度は70人くらいのほぼ全員のスタッフがカメラの後ろで歌を歌い始めるんです。録音担当は録音をやめて踊り始めるし、みんなジョークを言い始める・・・。そんななかで出来た彼女の表情なんです。本当にクルー全員がそのシーンを作った。もちろん、サイデルの力もあるけれど、ルールなんて関係なく、そこにあるエナジーをどう作るかをスタッフみんなが考えて行動したんです。本当に楽しかった。
― そんなエピソードをお聞きすると、ラストシーンがより一層感動的になります。
僕が「カット!」を言ったあとは、みんなでハグしました。
― この映画の舞台はスラム街ですが、とても色彩豊かです。色彩のこだわりもあったのですか?
僕のクルーの美術監督が、アングルを見たときに「あ、色が死んでる」と言うんです。すると、美術のスタッフが走って行って他人の家の壁をどんどん塗っていくんです。もちろん、許可をもらうんですが、「凄い、他人の家塗っちゃうんだ!」って驚きました。なかなか日本では出来ないですよね、そんなこと。住んでいる人たちも、色があったほうが楽しいという感覚なので、「じゃ、ここパープルにして」って、いきなりペイント大会が始まるですよ。
― とてもカラフルでステキですね。
基本的にフィリピンの街はカラフルなんです。お墓も好きな色に塗っちゃっていいんです。ピンクとかブルー、パープルとかね。フィリピンはスペイン領だったので、ラテンな感じです。それも僕がフィリピンが好きな理由の一つです。
― とても楽しそうな撮影現場だったようですが、苦労も多かったのでは?
それが・・・苦労したことは思い出せないんです。その場その場での苦労はたぶんあったんだと思いますが、忘れちゃっていますね。
― やっと見つけたピーターがいなくなってしまって、探し回ったこともあったのに?
それも、今思えば彼を探す旅をしていたんです。街には盲目のギタリストはたくさんいるので色んな人に聞いたり、「あそこに行ってみれば?」と言われて行ってみてもやっぱり違っていたり、そうしているうち1か月半後に電話が鳴って、「いたー!」てね。苦労しても絶対最終的にはいい場所にたどり着くんです。だから、いいことしか思い出せない。
苦労したといえば、この映画を作ることになるまで、ヴェネツィアの人たちに出会うまでが苦労だったかもしれないですね。
― この映画が完成し、すでに色々な国の方に観ていただいていますが、印象的な反応はありましたか?
韓国の映画祭で映画上映が終わったあと、ある女性が飲みかけのコーヒーを僕にくれたんです。「私にはもう何も差し上げるものがなくて、これくらいしかないんです。どうぞ」って(笑)。たぶん、いろんな思いがぐちゃぐちゃになってしまったんだと思いますけどね。嬉しかったです。釜山映画祭の時は、50代くらいの男性が10人くらい立ち上がって「ブラボー!!」って大きな拍手してくれたんです。僕はこの映画でいろんな国に旅をしていますが、だいたい皆さんのリアクションが同じなんです。国籍や文化が違くても人間の心の場所は近いんだなと確信しました。
日本の皆さんはどう観てくださるのかなと思っていたんですが、試写会の様子をみると僕が世界で見てきた観客のリアクションとほぼ一緒なので、いろんな人の心に響くシンプルな作品になって良かったなと感じています。
この映画は、子供の映画祭でも賞をいただいているんです。子供審査委員から一等賞もらってるんですよ。子供にも通じてとても嬉しいです。
― わかりやすいし、観終わってから疑問符を残すような映画でなく、そっと寄り添うような作品ですね。そんなステキな映画をこれからご覧になる日本の皆さんへメッセージをお願いします。
日々、憂鬱になってしまうようなニュースも溢れているし、生活しながら憂鬱になってしまうこともあるかもしれませんが、この映画を観てブランカという少女がたくましく勇気を持って生きていく姿や、彼女をサポートするピーターの優しさなどを感じて、皆さんの心に少しでも温かいものが流れたら嬉しいです。
【長谷井宏紀(はせい こうき)プロフィール】
岡山県出身 映画監督・写真家。セルゲイ・ポドロフ監督「MONGOL」(ドイツ・カザフスタン・ロシア・モンゴル合作・米アカデミー賞外国語映画賞ノミネート作品)では映画スチール写真を担当し、2009年、フィリピンのストリートチルドレンとの出会いから生まれた短編映画「GODOG」では、エミール・クストリッツア監督が主催するセルビアKustendorf International Film and Music Festival にてグランプリ(金の卵賞)を受賞。
その後活動の拠点を旧ユーゴスラビア、セルビアに移し、ヨーロッパとフィリピンを中心に活動。フランス映画「Alice su pays s’e’merveille」ではエミール・クストリッツア監督と共演。2012年短編映画「LUHA SA DISYERTO(砂漠の涙)」(伊・独合作)をオールフィリピンロケにて完成。2015年、『ブランカとギター弾き』で長編監督デビューを果たす。現在は東京を拠点に活動中。
映画『ブランカとギター弾き』
監督・脚本:長谷井宏紀
製作:フラミニオ・ザドラ(ファティ・アキン監督『ソウル・キッチン』)
制作:アヴァ・ヤップ
撮影:大西健之
音楽:アスカ・マツミヤ(スパイク・ジョーンズ監督短編『アイム・ヒア』)、フランシス・デヴェラ
CAST:サイデル・ガブテロ / ピーター・ミラリ / ジョマル・ビスヨ / レイモンド・カマチョ
原題:BLANKA
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公式サイト:http://transformer.co.jp/m/blanka/
Facebook:www.facebook.com/blanka.jp/
Twitter:@blanka_jp
シネスイッチ銀座他にて7月29日(土)より全国順次公開!