「少年は荒野をめざす」「ジュリエットの卵」「恋愛的瞬間」のほか、いくつもの心揺さぶる珠玉の傑作漫画を世に送り出し、2016年に急逝した吉野朔実の「記憶の技法」を、巨匠・黒沢清の愛弟子である池田千尋監督の手で実写映画化。美しくも残酷な記憶をめぐる心理サスペンスが、濃密なスリルと豊かなエモーションを紡いで誕生した。
主演は、ダンス&ボーカルグループ「E-girls」のパフォーマーであり、女優として数々の作品に出演し活躍目まぐるしい石井杏奈。華蓮の心情と成長を繊細に演じきった彼女に話を聞くことができた。
― 原作や台本を読まれたときに感想をお聞かせください。
最初に原作を読んだときは、ショッキングな題材でもあったので、悲しくて苦しく、辛い思いになりました。そのあとに台本を読み、そのネガティブな感情の中でも、鹿角華蓮という役が明るくて優しく、温かいという柔らかい印象を持ちました。原作と脚本の感じ方の違いにより、自分を鹿角華蓮に近づけようと思えた気がします。経験したことのない題材だったので演じることは難しかったのですが、華蓮は悲しいだけではなく、その中に強さや温かさを持って過ごしているから前に進むことができるのだと感じました。
― 石井さんの雰囲気がとても鹿角華蓮に合っていました。それは台本から役がらを素直に受け取ることができたからでしょうか。
そうですね。実母が違っていたことなど、経験したことのないことだからこそ、自分と近い部分は何かということを考えながら演じました。
― 最初は周囲に心を閉ざしている華蓮ですが、自分の生い立ちの真相を知るため、色んな人と接していくうちに心を開くようになっていきます。その変化を演じ分けるポイントとは?
撮影前に稽古をする時間があり、最初に心を閉ざしているところから、だんだんと明るくなるというところをあからさまに演じてみました。心を閉ざしているので暗くて一人で閉じこもっている女の子をイメージしていました。そこから成長して明るくなっていくのだと考えていたのですが、監督から「(心を閉ざしていても)もう少し明るくても大丈夫じゃない?」とアドバイスをいただき、最初から暗くすぎず普通の子でいるようにしました。前半は東京で撮影し、後半は北九州のロケでしたが、自分自身も華蓮と一緒に旅をしていた気分になっていました。実際に私も華蓮とともに成長していけたと思います。その土地に行ったことによって感じ方も変わっていきました。ふと海を見ると「こんなに海って広いんだ」と感じ、華蓮が背負ってものを心の真で感じることができて涙が流れてきました。そういう場面が増えていき必然的に成長できたのだと思います。
ー ロケ地での撮影にとても影響を受けたようですね。
北九州は東京とは全然違う雰囲気で、少し歩くと海があるという場所で撮影をしました。「自分がここに来る意味が分かった」と話すシーンがあって、海を見ながらそのセリフを話すのですが、前日までは「ここはどういうふうに話そうかな」とあれこれ考えていたのに、その場に立ったら涙が止まらなくて・・・。壮大な海の中で自分の居場所を見つけることって凄いことだな、華蓮が背負ってきたものはこんなにも重たかったのに、こんなに明るくしていたんだと思ったら、華蓮の気持ちが自分の心の中でリンクして、涙が止まりませんでした。現場で感じるものは凄いなと痛感しました。
― 韓国も行かれたのですよね?
はい、釜山に行きました。弾丸でしたけど(笑)。フェリーで行って、撮影してすぐに帰ってきましたが、韓国料理も食べることができました。 劇中でも登場しますが、オイキムチを買ったお店のおばさんにキムチをいただいて、凄く優しくしてくださって。楽しくていい印象しかないです。もう少し長く滞在したかったです(笑)。
― 記憶の迷子になった華蓮ですが、彼女に同行した穂苅怜くんの存在は大きかったと思います。華蓮にとって怜くんの存在はどんなものだったと考えますか?
凄く大きな存在であったと思うし、華蓮が怜に(同行を)お願いした理由は、理屈ではなく心で感じたのではないでしょうか。同じような匂いがして、同じ境遇で過ごしているのだろうなということを瞬時に察知し、根本的なところが一緒だと感じたのだと思います。同じところがあるからこそ、自分と一緒に乗り越えられるという思いで連れて行ったのだと。近い人ではなく、逆に遠い人のほうが自分の心の内を話せることってありませんか? 高校生ながらに華蓮にもそういう気持ちがあったのかな。怜くんと一緒に旅をしていて、華蓮としてとても心強かったです。一歩引いて華蓮とは違う脳を使っていて、まるでパズルがはまったようにフィットしていました。
― 怜役の栗原さんと共演されていかがでしたか?
稽古からご一緒させていただいて、一緒に作品を作っていった戦友のような存在でした。悩んでいたときも一緒にセリフ合わせをしたりと、二人で華蓮と怜を育てていった感じがします。
― 柄本時生さんも存在感があります。共演されていかがでしたか?
柄本さんは現場の色が変わるくらい、その役でその場に存在していらっしゃいました。本当に金魚屋のお兄さんだと思うくらい馴染んでいました。撮影期間中にプロデューサーさんと柄本さんとお食事をご一緒させていただく機会があったのですが、お芝居のお話も色々してくださって、とても気さくで優しい方でした。
― 特に影響を受けたことはありますか?
対峙してお芝居し、柄本さんの芝居を受けることで、想像以上にこちらの感情が変わっていいきました。俳優というより、その場に役として生きていらっしゃったので、私が準備していったことがことごとく覆され、「こういうお芝居をしてくるんだ」という受け身で私も演じることができたので、自分をどんどん上へと上がらせていただきました。
― 今回は原作も脚本も監督も女性です。石井さんが感じた女性ならでは視点、演出はありましたか?
池田監督はとても丁寧に演出してくださって、最初からずっと寄り添っていてくださいました。自分の世界に包み込んでくださるような母性感があって安心でき、身を投げ出すことができる存在でした。女性が主人公でもあるので、女性が共感できる作品になっていると思います。私は完成作品を試写で観てもどうしても客観的に観れないのですが、観終わってから事務所の方に「とても女性の良さが出ている作品だった。女性監督ならではの女性の視点で描かれた良さが凄く出ているから、自信を持って宣伝してきて!」と電話をもらいました。その方は男性だったのですが、男性から見ても女性の良さが描かれているのだろうなと思いました。
― 演じられた華蓮と石井さんご自身との共通点や共感できるところはありましたか?
自分でなんとかしようとするところはとても共感できました。私も悩んでも最後は自分で決めるので誰にも相談しないこともありますし、自分で解決して自分の気持ちで進めばいいと思っているところがあります。何事も知りたがるし、辛くても結果を求めるので、そういう意味では華蓮と同じですね。自分のことを知りたいという欲が私にもあるのかもしれません。
― 共感しながら演じていたのですね。
そうですね。一つ一つ、嚙み砕いて納得しながら演じました。
台本を読んだときから、凄い作品だと思っていて、心はぐるんぐるんにかき回されましたが、最後は温かい、柔らかいと思ったときに絶対にステキな作品になると確信できて、気合いが入りました。
― その時の石井さんだからこそ演じることができたのかも?
はい。撮影は10代最後の歳だったのですが、監督も「10代のあの時だから撮れた作品」と仰ってくださいました。だから、もし今撮ったらまた全然違う作品になっていたかもしれません。あの時だからこそ表現できたものがあったのだと思います。
― ところで、本作では華蓮が“記憶の迷子”になっていますが、石井さんご自身が何かの迷子になったことはありますか?
将来の道を決めるときに迷子になったことがあります。自分が今何をすべきか迷ってしまいその時に母に喝を入れられ、「仕事を辞めるか、学校を辞めるかどっちかにしなさい!」と、怒鳴られました。疲れた自分もイヤでしたし、学校に行きたくないと思ってしまう自分もイヤでした。何をしてもイヤでした。その時母に真夜中に怒られて、泣きながら「全部頑張る! 何も辞めない!」と言って、疲れていても意地でも学校に行って、仕事もやって、気合いを入れて頑張りました。
― カッコいいお母さまですね。
男気あふれています(笑)。
― この作品の一つのテーマとして“記憶”というものがありますが、石井さんにとっての“記憶”とは?
凄く大切なものだと思います。いい事も悪い事も絶対に忘れてはいけないと思いますが、私は記憶や思い出は、羨ましくて悲しいものです。過去を考えると今は同じことができないからできれば未来のほうが好きです。いい記憶も悪い記憶も思い出すと寂しくなります。例えば、家族とキャンプに行ったことを思い出すと「ああ、もうそんなことできないなぁ」と寂しくなってしまいます。もちろん今は幸せですし、あのころと同じくらい価値のある時間を過ごしているのですが、きっと10年後くらいに「あの頃には戻れないな」と悲しくなるのだろうなと思ってしまいます。
― 過去の記憶で特に強烈に覚えていることはありますか?
今はもう閉園してしまったのですが、毎年夏になると家族で「としまえん」に遊びに行きました。流れるプールは凄い人混みで、兄弟4人で絶対に迷子にならないようにといつも手をつないで。1か所だけ水圧が強いところがあるのですが、父に抱っこされながら「ここは運命共同体だ!」と言いながら水の中に潜っていました。翌年は兄弟と一緒にしました。(水の中に潜ることは)怖いですが、その冒険を一緒にすることにすごくワクワクして楽しかったことを強烈に覚えています。
― 本作では印象的なシーンがたくさんありますが、石井さんの中で特に印象に残っているシーンがあったら教えてください。
お父さんとお母さんのシーンが何度か出てきますが、私が一緒にいないシーンは当然ですが、現場で見ることはありませんでした。完成作品を観たとき、とても感動的で愛を感じました。小市慢太郎さんと戸田菜穂さんも本当に優しくて笑顔がステキな方。「お母さんとお父さんがこんな顔してたの?」と思うと、「ああ、この家に帰りたいな」と素直に思いました。
― 原作にはないラストシーンがあるということですが、石井さんの感想は?
華蓮が成長して人を包み込むことができることを描きたかったと監督も仰っていました。最後のシーンはクランクアップ直前に撮影したのですが、数か月二人で一緒に頑張ってきたあと、怜の包み込みたくなるような目の表情を見て華蓮がああいう行動をとったのだと思います。終わり方がステキでしたし、1本の華蓮の成長物語になっていたと思います。
― では、本作の見どころと、これからご覧になる皆さんへメッセージをお願いします。
このコロナ禍の世の中で、ネガティブな感情が溢れていると思いますが、この作品を観るととても前向きになれると思います。ネガティブなことですら包み込んでくれて優しく、温かく送り出してくれます。とてもディープな題材ではありますが、最後に優しく自分の心の何かを強くしてくれるので、まっさらな気持ちで観ていただきたいです。
【石井杏奈(Anna Ishii)】
1998年7月11日生まれ。東京都出身。
ダンス&ボーカルグループ「E-girls」のパフォーマーであり、映画やテレビドラマで女優としても幅広く活躍。『ソロモンの偽証前篇・事件/後篇・裁判』(15年/監督:成島出)と『ガールズ・ステップ』(15年/監督:川村泰祐)の2作で第58回ブルーリボン賞新人賞を受賞。テレビドラマ「仰げば尊し」(16年)では、コンフィデンスアワード・ドラマ賞新人賞を受賞するなど、若手女優としてその実力が評価され注目を集める。
その他、主な出演作に、『四月は君の嘘』(16年/監督:新城毅彦)、『スプリング、ハズ、カム』(17年/監督:吉野竜平)、『たたら侍』(17年/監督:錦織良成)、『心が叫びたがってるんだ。』(17年/監督:熊羅尚人)などがあり、TV ドラマ「チア☆ダン」(18年)、FOD/Amazon プライムドラマ「東京ラブストーリー」(20年)。また近作では、中川大志とのW主演映画『砕け散るところを見せてあげる』(21年4月9日/監督:SABU) の公開が控えている。
映画『記憶の技法』
<STORY>
東京に住むごく普通の女子高校生、鹿角華蓮(かづのかれん)(石井杏奈)は、幼少期の記憶の断片が不意に脳裏をよぎり、しばしば意識が飛んでしまう奇妙な記憶喪失癖に悩んでいた。そんなある日、韓国への修学旅行のためにパスポート申請用の戸籍抄本を手にした華蓮は、自分に“由(ゆかり)”という姉がいたことを知る。しかも由は4歳の時に死亡し、華蓮は“松本”という家から今の両親に引き取られた事実が判明。本当の親はどこにいるのか。なぜ、自分は養子として出されたのか。そのすべてを知りたい華蓮は嘘をついて修学旅行をキャンセルし、出生地の福岡へ旅立つ。そのルーツ探しに協力してくれた青い瞳を持つ同級生、穂刈怜(ほがりさとい)(栗原吾郎)とともに現地調査を行う華蓮は、失われた記憶のピースをたぐり寄せながら、想像を絶する真実に迫っていく――――。
出演:石井杏奈 栗原吾郎 柄本時生
西本まりん 木下彩音 後藤由依良 佐藤結良
二階堂智 小市慢太郎 戸田菜穂
原作:吉野朔実「記憶の技法」(小学館)
監督:池田千尋
脚本:髙橋泉
音楽:安川午朗
© 吉野朔実・小学館 / 2020「記憶の技法」製作委員会
製作:「記憶の技法」製作委員会
制作/配給:KAZUMO
配給協力:マジックアワー
日本/DCP/ 5.1ch/アメリカンビスタ/カラー/105分
公式サイト:http://www.kiokunogihou.com/
ヒューマントラストシネマ渋谷 ほか全国公開中!!
インタビュー撮影:ナカムラヨシノーブ
ヘアメイク:八戸亜希子
スタイリスト:粟野多美子
石井杏奈さん
直筆サイン付きチェキプレゼント!
応募はこちらから