俳優・井浦新と大橋彰(お笑い芸人・アキラ100%)が兄弟役でタッグを組む話題の映画『こはく』が、7月6日より公開中。
横尾初喜監督の自伝的とも言える本作は、監督の出身地である長崎市・佐世保市でオールロケを遂行。長崎で父の残した工場を継いだ弟・亮太役に井浦、職に就かない問題のある兄・章一役を大橋が演じる。幼い頃、突然姿を消した父親を兄弟で探す旅の中で感じたものは何か・・・その心情の描写に心が揺さぶられていく。
この度、亮太役を演じた井浦新さんにインタビューを遂行。役と横尾監督との向きあい方、さらに「貴重な体験だった」という撮影方法までじっくりと話を聞いた。
― 今作は、横尾監督の自伝的な物語ですが、本作への出演について決め手となったのは何だったのでしょうか?
まず、横尾監督の人柄が大きかったと思います。ご自身の人生に一度向き合って、自分の分身である役を通して映画を作ると言うことは並々ならぬ思いがあると思うんです。僕だったら恥ずかしくて自分の話なんて他人様にはできない。それを包み隠さず描いて、自分と向き合おうとしていることを感じました。横尾監督って、計り知れないほど明るくて優しい方なんです。監督と話していると、こっちが柔らかくなっちゃうくらい。そういう人がこの映画の中で家族というものを描こうとしている。人間の弱さや未熟さと向き合っていきながら、家族というものを描くということは簡単ではないんです。ある家族を描こうとするときに、ただただいい話でした・・・なんてものは誰も求めていない。優しい横尾監督が家族の中にあるコンプレックスや苦しさや辛さをしっかりと描いて、その先にある本当の優しさを見つけようとしている・・・、参加することによって僕自身もそれを確かめてみたかったんです。人間の欠落や足りない部分を描いたうえで普遍的な家族を描こうとするのであれば、僕もそんな作品と出会ったことがなかったのでやりがいがあると思いました。
― 監督がモデルとなる人物ということで、やり難くなかったですか?
やり難いに決まってますよ(笑)。本当にやり辛かったです。だって、相手の妻役は本当の(横尾監督の)奥さんですよ。でも、楽しんじゃおうと思って。本当に奥さんにキスしちゃおうかなって、嫉妬させてやろうかと(笑)。まあ、それは冗談ですけど、役へのアプローチの仕方の答えが目の前にいるので、そういう意味でのやり難さはあったと思います。横尾監督をそのままコピーしてしまったら、まったく芝居をする意味がない。僕が演じる亮太は横尾監督の分身ではあるけれど、横尾監督ではない。目の前にいる分身の監督からどうやって栄養をもらうか。横尾監督がどんな人間なのか、監督自身を掘り下げていく作業でもあって、監督の人間的な弱さや情けなさに僕と監督が向き合うことによって、監督自身も開けなかった心の扉を僕がこじ開けていきました。それを一緒にちゃんと受け止める監督もいる、亮太もいる。この映画制作は、監督にとってはこじ開けたくない、セラピーに行って欠落したものをもう一度見つめ直す、メンタルケアのような時間だったかもしれません。
横尾監督が持っていた家族のコンプレックスみたいなものを監督の言葉で僕に伝えてほしかったんです。本当のコンプレックスって何だったんだろうか、お兄さんへの想いをもっと言葉にして、監督にとってお兄さんってどんな人だったんだろうとかを監督に詰めいって話をしていきました。これまで自ら開けたくなかったことを閉じることによって自分を守ってきたんです。それをこじ開けていくことによって、家族の姿を一緒に描いていきたいと思いました。横尾監督の癖を真似するのではなく、横尾監督が自分が無意識に閉じてしまっていた部分を開けて苦しんでいる、その苦しみを僕も一緒に味わっていくところは大事にしました。それがそのまま役として兄や父親への思いになっていったので。
― 大橋さんの演技に驚く観客の方も多いかと思いますが、兄を演じるということ、また演技派の井浦さんから見て大橋さんの演技から刺激を受けることはあったのでしょうか?
(大橋)彰さんの演技は未知数でした。実は僕と彼は同い年なんです。昨今なかなか同世代の方との共演は数人しかなかったんです。同い年ってこれまで見てきた時代が近いので、妙な共鳴というか、共振しあえる面白さがあるんです。だから彰さんとも面白いことができるんじゃないかなという期待はありました。でも彰さんのお芝居を見たことがなかったし、洋服を着ている姿をあまり見たことがなかったので(笑)、どんなことになるのかわからなかったです。僕は(相手に)合わせるのでなくて、今まで映画の現場で学んでやってきたことをなんら変わりなく『こはく』でもやろうと思っていました。監督に芝居でも気持ちでもすべてにおいてぶつかっていくことを大事にしてきたので、そういう姿を兄役のアキラさんの目の前でやっていって、一緒に『こはく』を考えていこうという姿勢でいました。監督がお兄さんに対してコンプレックスがあるということも、彰さんの前で言ってほしかったし、兄弟の関係も監督の独白の中で僕たちがどう感じていくのかを表現したかった。撮影中も、時間があれば僕たちは『こはく』のことを話し合っていました。「お兄さんってこんなだったんだね」とか、「亮太ってこんなふうにお兄さんのことを思っているのかもしれない」とか、「この映画、どうしていこうか」とか。撮影監督も含めてよく話し合っていました。
『こはく』の彰さんは心で役を生きる、そういうアプローチをする方。心で動いてどれだけ『こはく』の世界の中で役を生きることができることを大事にしたいと。他の作品でも役を生きるにはどういうふうにしたらいいのかを悩みながらやっているので、『こはく』でも同じようにやろうとしている彰さんは、なんら違和感もなくお互いにとても自然でいることができました。兄と弟という関係も自然に出来上がっていきましたし。彰さんの芝居は何かにとらわれることなく凄く自由。自分の心をちゃんと動かして芝居をしているので、一言ひと言の言葉がちゃんと伝わってきてくる。すごくステキなお芝居をする人だなと。ちゃんと心を動かせながら兄弟を演じることができたので、もっと(彰さんの演技を)見たいなと思いました。
― 鶴見辰吾さんがやりたかった撮影の方法を取り入れたとお聞きしましたが、だからこそ、再会のシーンが感動的だったのかと。監督の演出の方法や、今回の横尾組の独特な方法はあったのでしょうか。
※注:クライマックスシーンは一発撮りとなり、それまでの撮影の積み重ねで「こうした方がいい」と自然に決まったとのこと。それは鶴見さんが以前からやってみたかった芝居の仕方だったそうです。
今回、ほぼ順撮りでの撮影でしたから、父親との再会はオールアップの前日に撮影しました。そして翌日がラストシーン。そこに向かっていきながら『こはく』の撮影の旅をしている感じでした。時間をかけて“父親探し”という作業を積み上げていって、やっと父親に辿り着く。その点では途中から撮影に入ってこられる鶴田真由さんや、鶴見辰吾さんはやりづらい現場だったかもしれません。僕ら兄弟は(関係性が)日を追うごとに仕上がっていって、最後はいかに父親にぶつかっていくかだけ。鶴見さんも現場に入られてから、なるべく僕らと一緒にいないようにしていました。「よろしくお願します」という挨拶もなし。全部終わってから挨拶しましたし、テストもなかったです。張り詰めた気持ちをそのままに、兄と弟がそれぞれのぶつけかたで父親に向かってく、完全にライブでした。技術スタッフの方々もどういう形になってもいいように準備されていて、監督はじめ全員が腹をくくって一発勝負でやりました。ある意味、とても実験的かもしれませんが、しっかりと段取りをして完璧な状態にして撮影をする。それは当たり前のことで、とても純粋な撮り方だと思います。鶴見さんが父親として出演するシーンは少ないですが、再会のシーンは一番の見どころとなる。役者として百戦錬磨の鶴見さんであっても数少ないライブ撮りだったのではないでしょうか。僕ら兄弟は、芝居じゃないです。勝手に心が動かされて出てきた言葉や行動ですから。鶴見さんも僕らもセリフは用意していませんでした。そこをどう埋めていくかは僕らの瞬間的に生まれる感情でしかない。ですから、撮影が始まるまで何が行われるのか誰も予想がつかない状態でした。
― そのシーンは横尾監督も泣かれていたとか。
監督が泣いて崩れちゃうから、なかなかカットがかからなくて・・・本当に長かったです (笑)。でも、その撮影の時は冷静な気持ちではいられなかったです。
― 独特な空気だったのですね。
僕にとっても、とても貴重な経験になったのでありがたいです。そういうやり方で撮っていくというのは、監督も勇気がいりますし、撮影監督の立場で言えば納得のいく撮り方ができなかったところがあったかもしれない。それでもこの1回で撮ったものが、みんなの答えだった。そんな現場の空気は何ものにも変えられない時間ですし、それが1シーンでもあればこの映画は宝物になるんです。
― 家族とは何か、親子の関係を突き詰めていく撮影の中で、井浦さんご自身のご家族や親子に対する考え方が変わったことはありますか?
もちろんあります。撮影しているときは、亮太という人物像を表すのに必死だったので、自分の家族を思うことより、亮太はどうなんだ・・・という自問自答ばかりしていました。そして、『こはく』という映画の旅を終えて、家に帰ったときに当たり前にいてくれる家族にありがた味を感じました。普段一緒にいるとありがたい気持ちや感謝が薄れてしまうこともありますが、旅から帰ってきて「お帰り!」という一言が凄く重くて、グッと響いたりするんです。亮太はお父さんがいないことが当たり前だった。じゃあ、亮太にあって自分にはないものって何だろうなと、撮影が終わってから感じることはありました。僕は長男で妹がいるんですが、完成作品を観たときに「兄ちゃんて、やっぱりいいな」って思ったり、改めてこの2人(兄弟)はこんなふうに映っていたんだなと。“兄の情緒”というものがあると思うんです。お兄ちゃんは、妹や弟のために「我慢しなさい」ってよく言われることがあるんですが、このお兄ちゃんも、そういうふうに映っていて。それでいて才能が全部弟の方にいってしまっている。ポッピングも弟はすごく上手いけど、お兄ちゃんは下手だったり、弟の方が身長が高いとか・・・全てが“兄の情緒”にちゃんと映っている。だから、自分にも実際にお兄ちゃんがいたら、こんな伸び伸びと育ったのかもしれないなと思ったり(笑)。もちろん彰さんのお芝居の良さもありますが、映画を観てみると本当に兄貴の良さというものを感じました。
― この映画の世界を表現するにあたって欠かせないと言える長崎ロケはいかがでしたか?
大事でした。特に合宿という環境がとてもありがたかった。撮影期間に一度も自分の現実の生活に戻ることなく、ずっと『こはく』の世界の中を旅し続けられるということは、気持ちも途切れないので助かりました。横尾監督が撮る映画として長崎という土地はマストで、そこでしか描けない。僕もこんなに長く長崎にいた事は始めてでした。横尾監督のような大らかで優しい方が育つ風土が長崎にはあるんだなと思いました。気温も温かいですし、坂の街というのがいい。僕も育ったところが坂の街だったので、勝手にどこか帰ってきた感じがしていました。また、ロケに参加してくださった長崎の皆さんがこの映画を本当に応援してくださっていて、その愛情がとても深くて、優しい方たちでした。ちょうど桜が散る頃の撮影時期だったので、雰囲気もとても良く、いい思い出しかないです。長崎は西洋と日本がミックスされたような食事もあり、街を歩けば教会があって、原爆が落とされた場所でもあり、歴史も深いし、いろんなものが内包されている場所なんです。そういう風土が今を生きる人にも何らかの影響を与えているところがあるのかもしれません。今の方たちが隠れキリシタンで虐殺されて・・・ということではないのですが、歴史を背負っているというか、その上に今皆さんが生きてらっしゃって、辛さを身近に感じるからこそ、他人に優しくできたりするのかなと。人の痛みを知ることが日常の中に潜んでいるから、そこに目を向けて誰かのことを想えるのかなと思うんです。皆さん本当に優しくて、明るいんです。農家の方が、「これ、地元の人が食べる用で売り物にならないから食べてって!」ってデコポン(不知火)を差し入れてくださったり、長崎の映画を撮っているからって言って1,000人近いエキストラの方々が集まってくださったり。1,000人って凄いですよね。商店街の撮影は全部仕込んでやったんです。ハリウッドクラスのことをやってます(笑)。待ち時間も多い中でも楽しんで参加してくださいました。自然もたくさんあって、凄く居心地が良かったです。
そんな環境で育った亮太という人間を作っていくうえでも長崎で気づいたことや感じたことがとても活かされていたと思います。あの時は僕も東京の人ではなかったですね。佐世保弁もけっこう喋っているんですが、以前に関西弁のセリフを話したときは苦労したんですが、佐世保弁は身体に馴染みやすいリズムというかイントネーションで、違和感なく染み込んでいきました。
【井浦新(いうらあらた)プロフィール】
1974年9月15日生まれ。東京都出身。映画『ワンダフルライフ』(98/是枝裕和監督)に初主演。以降、映画を中心にドラマ、ナレーションなど幅広く活躍。映画『かぞくのくに』(12/ヤン・ヨンヒ監督)で第55回ブルーリボン賞助演男優賞を受賞。『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』(12/若松孝二監督)では日本映画プロフェッショナル大賞主演男優賞を受賞。その後も映画『ジ・エクストリーム、スキヤキ』(13/前田司郎監督)『白河夜船』(15/若木信吾監督)『二十六夜待ち』(17/越川道夫監督)『止められるか、俺たちを』(18/白石和彌監督)『赤い雪 Red snow』(19/甲斐さやか監督)『嵐電』(19/鈴木卓爾監督)『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』(19/山崎貴監督)などがある。
撮影:ナカムラヨシノーブ
映画『こはく』
<STORY>
長崎で父の残したガラス細工会社を継いだ弟・亮太(井浦新)と、職に就かない虚言癖のある兄・章一(大橋彰)。ある日章一が放った「父さんのこと、見たとよ」の言葉に心動かされた亮太が、兄弟で父親捜しを始める。兄弟を女手ひとつで育てた母親(木内みどり)、亮太に献身的な愛情を注ぐ妻(遠藤久美子)、そして父親探しの途中で出会う人々や父の過去を知る人々など、兄弟を取り巻く人間模様が切なく映し出されていく。父を探す過程で、家族を知り、愛を知っていくふたり。そして彼らがたどり着いた先は――。
出演:井浦新 大橋彰(アキラ100%) 遠藤久美子 嶋田久作 塩田みう 寿大聡 鶴田真由 石倉三郎 鶴見辰吾 木内みどり
原案・監督:横尾初喜
脚本:守口悠介
製作:株式会社メモリード /アイティーアイグループ/株式会社プレナス/フーリンラージ株式会社/株式会社堀内組/ NIB長崎国際テレビ
配給:SDP
写真コピーライト:©2018「こはく」製作委員会
公式サイト:http://www.kohaku-movie.com
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