柚月裕子のベストセラー小説『孤狼の血』を原作に映画化が決定し、2018年春に公開される。本作は、暴対法成立以前の広島・呉原市を舞台に、暴力団系列の金融会社社員失踪事件をきっかけに捜査する警察と、暴力団組組織間の激しい抗争を描く、昭和の熱き男たちの物語。映画『凶悪』、『日本で一番悪い奴ら』で日本映画賞を総嘗めした白石和彌監督がメガホンをとり、主演の暴力団との癒着を噂される刑事・大上章吾役には役所広司、大上の捜査に戸惑う若き刑事・日岡秀一役の松坂桃李をはじめ、日本映画界を担うスタッフとキャストが集結した。
『仁義なき戦い』が大好きという原作者の柚月裕子氏が本作への思い、そして誰よりもこの映画化を喜び、「楽しみにしている」と笑顔で話してくれた。
― 本作の映画化のお話があったときの率直なお気持ちをお聞かせください。
まず、活字でなければ成り立たないミステリーの部分が小説にはありましたので、映像化自体できるのだろうか?と思いました。でも、自分の小説が映画になるということは夢のようでした。『仁義なき戦い』を作られた東映さん、名も実績もある監督、俳優の方々、そして優れた脚本。三拍子ならぬ四拍子揃ったことも夢のようでした。
― 映画の完成が楽しみですね。
とても楽しみです。(映画の)お話があってから、驚きと一緒に比例して大きくなっていったのが、喜びではなく不安だったんです。こんな凄い企画が本当に実現するのだろうかと、とてもドキドキしていました。製作発表会見が行われ、「ああ、やっと動き出すんだ・・・」と、ホッとしたところです。
― 物語の舞台が広島ということで、広島弁が作品の世界観を広げていますが、広島弁の使い方やディティールにこだわりはありましたか?
本作もそうですが、舞台になる土地の言葉は、どの作品にも心を砕いています。人が住んで暮らしている以上、そこには独特な言葉があるんです。そこをないがしろにはしたくない。特に今回小説を書くにあたって影響を受けた『仁義なき戦い』の広島弁のパワーは欠かせないもの。今作は推理作家賞をいただいておりますが、選考委員の先生方にも「方言の使い方が非常に優れていた」とありがたいお言葉をいただいております。なので、そこはこだわって書いて良かったと思っています。
― 映画化についての不安はどのように解消していかれたのでしょうか。
最初にたたき台となった脚本を拝読したときに、私が小説でミステリーとして書いた部分が、(脚本では)なるほど、ここに持ってきているのかと。流れが本当にお見事だったんです。それを見て、これはもう映像化できる!と確信しました。そしてだんだんと脚本が稿を重ねて、映像でのセリフの強みとでもいうのでしょうか、セリフの妙が際立ってきたんです。これは絶対に映像で、実際の俳優の方々の声で聞きたい!と。 どんな動きをして、どんな表情で、どういう形でこのセリフをおっしゃるのかなと、今からすごく楽しみです。
― 小説にある言葉を生かしつつ、映像とマッチしていたセリフだった?
それ以上でした。ぜったい私では思いつかないセリフがたくさんあります。一つ例を挙げるならば、石橋蓮司さんが五十子(五十子会・組長)を演じられるんですが、凄くインパクトのあるセリフが脚本にあるんです。これは、私には出ない・・・と。そういった決めセリフがいたるところに入ってくる。本当に凄いなと思いました。
― とても女性が書かれたとは思えないハードボイルドな物語ですが、柚月さんは『仁義なき戦い』がとてもお好きで、この小説を書こうと思われたとのことですが、それ以外に何かきっかけはあったのですか?
実は、この小説を発表したときに私自身驚いたのは、「女性が書いたとは思えなかった」というご感想が多かったことです。私は、映画でも小説でも、「女性が書いた」「男性が作った」という見方をしたことがなかったので、ミステリーの謎でなくて、そちらで驚くんだ・・・と意外でした。
私は『仁義なき戦い』が好きですし、子供のころから観ていたのがブルース・リーの『ドラゴンへの道』や、『必殺仕事人』、初恋が渡瀬恒彦さんだったり、当時は深く考えていませんでしたが、今振り返ってみると一般的に言われる“男の世界”というものがとても好きだったんですね。どうして私がそういう世界を好ましく思うのかと考えてみると、女性は、一般的に“共感”を求めがちだと言われますが、男性は9割価値観が違っていても一番芯となる1割のところがピッと繋がっていればガチッと組めるという、なれ合いではない、その潔い関係性に子供のころから憧れを抱いていたのではないのかと思います。ですから『仁義なき戦い』もしかり、この『孤狼の血』も、登場人物がそれぞれ個として動いている。大上にしても組織に属していますし、尾谷組などの組織はあるけれど、その中でそれぞれが自分の個として、みっともないくらい必死に一生懸命そこに突き進んでいく姿がとても美しいと思うので、いつかそんな男の世界、潔い世界を書きたいと思っていました。
― 柚月さん自身、昔から男気あふれる女性だったのですね。
あはは、そうかもしれませんね。いまでもたまに、「柚月さんて男らしいですね」と言われることもあります(笑)。
― 小説家にとって作品は自分の子供と同じ・・・とおっしゃる方もいますが、映画化されることについては、どのように感じますか?
私の持論なんですが、小説が実写化したり、読んでいた漫画がアニメ化になったりすることがありますが、小説は小説でなければならない面白さ、映画は映画でなければならない面白さというものがあると思うんです。同じ『孤狼の血』という作品でも、小説と映画は似ても非なるものになるのではないかと思っています。
原作をお読みになっている方も、原作を読まずに映画をご覧になった方も映画館を出たときに映画が持つあまりの熱さに圧倒されるか、興奮しているか、いずれにせよ「凄いもの観た!」と言いながら映画館を出てくることを確信しています。
― 自分の正義を貫くためなら悪にも手を染める・・・そんな大上という強烈なキャラクターは、どこから生まれたのでしょうか?
例えば「罪」というのは法を犯せば罪になりますが、「善」か「悪」かと言ったときにそれは非常に曖昧なものだなと常々思っています。100人いれば100人の考える「善」がある。でも、その「善」は見方を変えるとどうなんだろうと。法律とマナーでいうと、マナーを犯した場合、罪にはならないけれど、人によってはひどく気分を害することがある。個人の価値観によるところが大きいんですね。そんなグレーゾーンで曖昧な100人が自分なりに持っている価値観のぶつかり合いを描きたかったんです。
― 価値観のぶつかりと言いますと、まさに日岡は大上と対局にいて愚直なまでに自分の正義を貫く。このバティの対比がとても楽しみですが、日岡は大上との対比として生まれてきたキャラクターなのでしょうか?
そうですね。右というのは、左がなければ存在しません。天と地も同じで、対峙するものがあるからその存在があるわけで。大上というのは違法捜査も厭わず、条件だけ並べていけば本当に酷い悪徳警官・・・という感じですが、小説でも映画でも、読者および観る人の視線が必要です。どうやって観る方に大上に感情移入をさせていくか、それは視点という意味で日岡の感情の動きに伴っていくものだと思うんです。映画では、松坂さんが悪徳警官と呼ばれる怖い大上にどう対峙していくか、そこは大きな見どころの一つになると思っています。とても楽しみです。
― 個性豊かなキャストが集結しましたが、初めてキャストメンバーを聞かれたときにどう思われましたか?
最初に、役所さんは「あぁ、怖い」と(笑)。真っ先に映画の大上は怖いと思いました。小説でも迫力あるキャラクターとして書いたつもりでしたが、脚本を読んでいるときに、役所さんと重ねて読んでいたら、文字を見ているだけで「大上怖い・・・」って。黙っていても怖いし、怒鳴っても怖いし、何をしていても怖くて、いるだけで怖い存在ですね。一方、その大上に一番そばで対峙していく日岡役の松坂さんには、今回初めてお会いしましたが、とても優しい感じの方で、大丈夫かしら・・・と母心のような気持ちになりました(笑)。あの迫力ある大上に松坂さんがどのように向き合っていくのかなと。最初は大上に引きずられる形で進んでいくのですが、途中から日岡が自分の意志を告げてくるようになっていくんです。仮に私が松坂さんの役だったら、役所さんが演技で怒鳴っていると分かっていても、足がすくんで絶対何も言い返せないだろうなと思うんです。もちろんプロの俳優さんですからどのように闘っていくのか楽しみですが、松坂さんにはくれぐれもお怪我などなさらぬようにとお願いしたいです。松坂さんは殴られる場面が多く、一番身体を張る役どころではないかと思います。
そして実は、一番どのような演技をされるのか想像がつかないのが江口さんです。私の中で江口さんは恋愛や青春、家庭や医師などをテーマにした作品にご出演されているイメージがあったので、江口さんが極道を演じられたらどんな極道になるんだろう、しかもストーリー上で重要な一之瀬という、これもまた大上と真正面からぶつかる役ですので、役所さんと江口さんのぶつかり合いは予想がつかないです。そこも楽しみにしているところです。小説もハードな部分がありますが、とにかく映画はもっとハードですので、役者のみなさんお怪我だけはなさらないようにと願っています。
― 完成が楽しみですね。撮影現場には行かれるご予定ですか?
はい、撮影は見学させていただく予定です。ちょっと怖くて足がすくむかもしれませんが、大好きなお好み焼きを食べて気合入れます(笑)。
― キャラクターの対峙以外で楽しみなところはありますか?
とにかく凄い映画になると思います。熱さだったり、胸にくる切なさだったり、様々なものがギュッと凝縮されている。言い換えれば人間そのもの、人間はきれいなだけではなくてズルい部分もある、笑っている時も泣いている時もある。顔で笑っていても心で泣いている時もある。生きた人間がこの中にいる。私は一番のミステリーは、人の心だと思っています。そういう意味では『孤狼の血』の中で、それぞれの俳優の方がどのような人間を演じられるか、まさに未知の部分です。
― そのリアルさを出すために。広島で撮影するということも大事なこと?
私は作品を書く前に必ず前取材をします。どの作品であってもモデル、もしくは舞台にする土地には何度か足を運んでいます。『孤狼の血』に関しては、『仁義なき戦い』の影響が大きかったので、8~9割が広島を舞台にしようと決めていましたが、書き始める前に自分の肌で広島という土地を感じたかったので行きました。私は東日本大震災の被災地である岩手の出身ですが、広島で原爆ドームや資料館を廻り、原爆投下時の広島の写真と東日本の震災直後の被災地の景色が私の中で重なったんです。本当に何もない。今後100年広島は草木1本生えないだろうと言われていましたが、資料館を出たら、そこにはビルがあり、路面電車が走っていて、人が生きている。ここまで復興を遂げるまでにどれだけの涙と辛さと力が必要だったんだろうと思ったときに、「広島は熱い土地なんだ」と感じました。『孤狼の血』を通して書きたい熱さを描くにはやっぱり広島しかないと思って舞台を決定したんです。その熱さを表現する映画のロケ地として広島を選んでくださって本望です。
― 映像としても熱いものが表現できるわけですね。
そうです。白石監督もおっしゃっていましたが、広島は非常に人が温かくて、そこで生きて暮らしているというのが実感としてひしひしと伝わってくるんです。特に呉は昭和を彷彿とさせる通りが残っていて、本当にリアリティのあるいい画が撮れると思っています。
― また、時代背景を昭和63年にしたというのは、まだ色々なしがらみがあまりない時代だったからだと思いますが、その時代を描くのは大変だったのでは?
江戸時代くらいになりますと文献の資料しか残っていませんが、やはり63年は私も記憶にある時代ですし、当時をよくご存知の方がたくさんいらっしゃる。携帯電話一つにしても、この形ではなかった、FAXがいつからあったのかとか。今は当然として使っているものが、その時代に使われていたのか、どういう形状だったのかなどのリサーチが大変でした。
― 小説を読まれているファンの方にもメッセージをお願いします。
映像化というと、キャスティング云々とか、それぞれの読者の方のイメージが頭に中にあると思います。それと重なるか重ならないかは別として、ぜひ映画を観てください。映画を観たあとに「凄いものを観た!」と必ず思います。
― 女性の観客のみなさんにお勧めポイントがあったら教えてください。
小説『孤狼の血』も、男性の読者が多いのかなと思っていたら、女性も「凄かった、カッコよかった」と言ってくださる方が多いんです。脚本も、男性、女性ではなくて人間が描かれているので、そこは是非ともご覧いただきたい。そして映画を観たあとに、「カッコいい!」と、きっとみなさん言うと思います。どのキャラクターもカッコいいんですよ。映像ではみっともないくらい泥だらけになったりしますが、苦悩してがむしゃらに行動している姿を見たら全部心持っていかれるかも(笑)。
先ほど大上が怖いといいましたが、怖いだけではなくて、どこか可愛らしいところもあるんです。いつまでたっても半ズボンに虫取り網を持っているような感じを持っている。それはどの役者さんにもあります。女心をくすぐるシーンでもありますね。真木よう子さんも、とてもきれいな女性のキャラクターなんですが、リコのママ役がカッコいいんです。女性も惚れる女・・・という感じ。「惚れる」という言葉があうと思います。映画を観たらどなたかに絶対惚れると思います。
【『孤狼の血』原作者 柚月裕子 プロフィール】
1968年生まれ、岩手県出身。2009年、『臨床真理』で第7回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、デビュー。2013年、『検事の本懐』で15回大藪春彦賞を、2016年『孤狼の血』で日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)を受賞。他の著書に、『最後の証人』、『検事の死命』、『蜂の菜園―アートガーデン―』、『パレードの誤算』、『朽ちないサクラ』、『ウツボカズラの甘い息』、『あしたの君へ』、『慈雨』、『合理的にあり得ない 上水流涼子の解明』など。
映画『孤狼の血』
キャスト:役所広司、松坂桃李、真木よう子、滝藤賢一、田口トモロヲ、石橋蓮司、江口洋介 ほか
原作:柚月裕子『孤狼の血』(KADOKAWA)
監督:白石和彌
配給:東映
コピーライト:(c)2018「孤狼の血」製作委員会
公式サイト:http://www.korou.jp/
2018年春、全国ロードショー!