1994年、十八世中村勘三郎、串田和美らによって誕生したコクーン歌舞伎。歌舞伎の古典演目を現代的な感覚で描き、毎回新たな試みに挑戦し、その斬新なパフォーマンスや演出で話題を集め、現代に生きる歌舞伎の魅力を発信している。
そのエネルギーあふれる舞台を、あらゆるアングルやアップを駆使した迫力ある新感覚の映像作品として楽しむことができるのが、NEWシネマ歌舞伎だ。
2016年、第15回コクーン歌舞伎作品として上演された『四谷怪談』は、中村獅童、中村勘九郎、中村七之助、中村扇雀ら豪華俳優陣が集結し、大好評のうちに終演。その本舞台で演出・美術を務めた串田和美氏がNEWシネマ歌舞伎の監督として、大胆かつ繊細に新たな魅力を放つ映像を作り出した。
この度、串田監督にお時間をいただき、コクーン歌舞伎「四谷怪談」への思い、そしてNEWシネマ歌舞伎『四谷怪談』製作のこだわりなど、じっくりとお話をうかがうことができた。
― まず、コクーン歌舞伎として、本作の演出でこだわったことは何でしょうか?
僕がコクーン歌舞伎で最初に出会った作品が「四谷怪談」だったんです。20歳の頃に、俳優座の「四谷怪談」という舞台を観て、とても面白かった。その後、勘三郎さんと一緒にやり始めたコクーン歌舞伎の第一弾の作品として「四谷怪談」を上演し、その後北番・南番に分けて上演するということも挑戦しました。そして今回、コクーン歌舞伎では3回目の上演で、そういう歴史の中、新しい「四谷怪談」を作らなくてはいけない・・・という思いがありました。今、作るべき「四谷怪談」はどういうことかをずっと考えていたんです。
そして、“亡霊”とは何なのだろう・・・と。江戸時代の人が考える亡霊と、現代の人が江戸時代の人を想像して思う亡霊には違いがあるんじゃないかな?と思ったり。亡霊って、過去のことだけではない気がして、未来のものが亡霊として現れることもあるんじゃないかと、いろいろ考えていたんです。
また、サラリーマンが忠臣蔵のような大きな組織の中にいるように、四谷怪談にもサラリーマンの姿がリンクしていたんです。
南北の「四谷怪談」には群像劇や社会全体が書かれていて、お岩さんと伊右衛門だけの話ではないんです。これまでの映像作品ではこの二人の話がクローズアップされているので、執意してしまって多くの方がそういうものだと思ってしまっている。なので、いろんな人の群像劇をどうやって表現できるかを考えました。
― みなさんが思っている「四谷怪談」の固定観念を覆すかのような本作。特に印象的なのは舞台に登場するサラリーマンたち。これは、昔の話ではないのですね?
昔の話を昔のものとして話してもしょうがない。今の人が作って、今の人が観ているのだから。昔の人の通りに成りようもないし、今の我々の姿を未来の人たちが観ているかもしれないという感覚です。
昔といっても、江戸末期の話なので、案外近い時代なんです。今が何時代の末期かわからないけど、何かが変わるんじゃないかと思ったり、自然界を含めて安定しているということに疑いを持ったり、絶対に潰れるわけないと思っていた会社が倒産してしまう。江戸時代にも有り得ないことが起きていて、動物的な本能のようなものによって何かザワザワしたものが心を支配していたと思うんです。そういう意味では現代と近いんじゃないでしょうか。
― お岩や伊右衛門らの、人間的な弱さや強さ、不条理などがとても繊細に描写されていて、見ていてとても感情が入りやすいのですが、映像化することで意識されたことは?
映像化するときは、特に “NEWシネマ歌舞伎”という1つのジャンルとして作り上げなくてはいけないという意識がありました。材料は舞台で作ったものですが、全部で21台のカメラによって最初から最後まで色々な角度で撮影しています。3時間の舞台を21台分の映像を素材として、もう一度構築し直して作りあげたんです。
― 21台のカメラですか!? 映像の構築にはご苦労があったのでは?
そうなんです。たくさんの人が苦労してくれました(笑)。コンピュータがある時代だから出来ることではありますが、3(時間)×21(台)を2時間にまとめたわけですから、それは大変でした。それも順番通りではなく、作り上げていくので。
そして、上映時間2時間を切るということを自分に課したんです。凝縮することで、マイナスではなく、よりプラスになることが絶対あるんだと思って臨みました。苦労というより楽しかったです。ワクワクしながら「ここ、思いきって切っちゃおう!」とかね(笑)。短くすることでかえって濃いものになり、印象的になることもある。そんなことを考えるのも楽しかったです。
― カットされている場面があるわけですが、観ていて違和感がありません。
舞台をご覧になっていない方はもちろん、舞台をご覧になっている方も、どこがカットされているかわからないくらい新しいものになっていると思います。2014年に舞台「三人吉三」を上演したときから、 “NEWシネマ”という劇映画でもなく、舞台中継でもない新しい表現のジャンルにチャレンジしたいと思っていて、気合いが入っていました。
ただの舞台中継では、“監督”なんて書けませんよね(笑)。(舞台中継と比べて)どっちがいいとか比べることではなくて、純粋にこの作品を楽しんでもらいたいですね。
― 豪華俳優が揃った本作ですが、演出されるにあたり監督から見た俳優陣の印象はいかがでしたか?
どういう解釈で「四谷怪談」を演るかということを、一人ひとり時間をかけて話をしました。また、この(4人がスーツ姿の)ポスター写真は、舞台上演のかなり前に撮影したのですが、彼らを見ていてこのキャスティングで良かったな、と思っていました。
歌舞伎の作品というのは、本来代々受け継がれて演じていくものなので、伊右衛門を演じた中村獅童さんは「お前の伊右衛門は違うぞ」と言われるんじゃないかとかという不安があったと思うし、扇雀さんには「お岩さんの髪梳きはこうじゃない」と言う人もいるかもしれない。そんなプレッシャーが彼らにはあるんです。でも、獅童さんに「この伊右衛門は今までと全然違うんだ! 君にしか出来ないんだよ!」と言うと、ちゃんと納得してくれる。みんなで新しいものを作り上げていこう!という気持ちを理解してくれました。
― その獅童さんの表情、目の動きは舞台の一番前の席でも鮮明には見ることができないですね。それが映像ではアップで見ることができる。
そうですね。作品はいろんな解釈が出来るので、1つには絞りたくないのですが・・・。1つの視点として、伊右衛門という男が走馬灯のように自分の人生を省みて、自分のだらしなさ、社会への不安みたいなものを一瞬で表現したかった。不安そうだったり、イライラしていたり、悲しそうだったりと、あんなに目が泳いでいる伊右衛門は見たことがないという人もいました。
― だからこそ、伊右衛門を身近に感じることができるのかもしれません。
それを、映画を撮るぞ!と言って演っていたわけではなく、舞台の時にニヒルで堂々とした伊右衛門ではなく、不安でおどおどとしている伊右衛門を演じてくれていたから、いい映像が撮れたわけです。
― これが本来の伊右衛門だったのではないかと思える映像ですね。
そう思っていただけると嬉しいですね。獅童さんとも個人的な話もしたりして、悪い人とか良い人とかは相対的な問題だから決めることはできないし、「こんなことしたくない!と思ってもついやってしまうこともあるよね」など、本当によく話合いました。
― また、笹野高史さんの存在がスパイスになっていて、観客を楽しませてくれています。
笹野さんとは古い友人なので、僕が何も言わなくても「今回の芝居はこういう役割だな」と理解してくれるんです。威張って立つときに支え棒を使うのは笹野さんが考えてきたんです(笑)。「こういうのはどう?」って夜中に写真を送ってきたりするんですよ。本当に刺激をくれる存在です(笑)。
― 笑いの場面も多くて、見どころ満載ですね。
あと、音楽家の人たちが前面に出てくるのも新しいのではないでしょうか。そのあたりも映像ではより分かりやすくなっていると思います。
― 楽器に関しても、サックスフォンやクラリネット奏者など、洋風な雰囲気もかもし出されています。
洋風なものも取り入れていますし、モンゴルの近くにあるトゥバ共和国に伝わる喉歌(喉を緊張させて非常に低い倍音を出したりする発声法)を取り入れたり、モンゴルの馬頭琴と似た楽器を使って、アジアの空気感も出しています。
― 舞台では席によって見え方も違うし料金も違いますが、映画は平等ですし、舞台では見ることができない表情を見ることができます。色んな角度から見られてちょっとお得感もありますね。
新しいジャンルであるのですが、すでにあるもの(舞台)を素材にしているのだから映画のためだけに作ったシーンはないんです。舞台を観た人の座った席からは見えなかった想像や、ぼんやりした記憶・・・、でも鮮明に残っている奇妙な記憶として映像にしたらどうだろうというのがコンセプトとしてあったんです。1階席もいいけど、僕もたまに3階席で観たりすると、「ここの席もいいじゃん!」て思うことがあるんですよ。映画は美味しいとこ集めですね(笑)。
― 演者さんは映画化された作品をご覧になられたのでしょうか?
先日、獅童さんが観て「舞台とは違う新しいものになっている!」と言って喜んでいたそうです。嬉しいことですね。
現代の劇映画では通常、役について監督と1か月かけて話あうこともないですし、そのあと1か月間舞台を続けてきたものを映像化しているのですから、この作品は本当に贅沢だと思います。
― では最後に、これから本作をご覧になるみなさんへメッセージをお願いします。
歌舞伎をあまりご覧にならない方も、よくご覧になっている方も「四谷怪談は、こういうものだ」と決めつけず、先入観を持たずに観ていただけたら嬉しいです。特に歌舞伎や舞台を見慣れない方にぜひ観ていただきたい。映画が好きな方にも観ていただきたい。この作品から何を感じてもらえるか、答えは1つではないし、正解も不正解もない。100人観たら、100通りの答えがあるように自分自身の楽しみを見つけて欲しいと思います。
【串田和美(監督)プロフィール】
1942 年8 月6 日生まれ。66 年文学座退団後、劇団自由劇場(のちにオンシアター自由劇場と改名)を結成。以降、演出家・舞台美術家・俳優として数多くの人気作品を生み出している。85 年から96 年まで、Bunkamura シアターコクーンの芸術監督を務め、劇場レパートリー制の導入やコクーン歌舞伎の立ち上げなど、新たな試みで劇場運営の礎を築く。2003 年からまつもと市民芸術館の芸術監督を務める。05 年コクーン歌舞伎第六回「桜姫」、「コーカサス白墨の和」で芸術選奨文部科学大臣賞。06 年コクーン歌舞伎第7 回「東海道四谷怪談 北番」で第14 回読売演劇大賞最優秀演出家賞受賞。08 年紫綬褒章、13 年旭日小綬章を受章。歌舞伎の演出はコクーン歌舞伎のほかにも、平成中村座の「法界坊」「夏祭浪花鑑」で日本にとどまらずニューヨーク、シビウなど世界中でも賞賛を浴びている。公演時は演出・美術を行い、映像化された本作では監督をつとめている。
NEWシネマ歌舞伎『四谷怪談』
<あらすじ>
これは夢か、この世の果てか。欲望が引き起こした2つの殺人をきっかけに、すべてが崩れ始める――
伊右衛門は、妻のお岩を連れ戻された恨みから舅を殺害。一方、直助はお岩の妹お袖に横恋慕しお岩の許嫁・与茂七を殺してしまう。伊右衛門と直助がやったと知らず悲しみにくれる姉妹を二人は騙し、敵討ちを約束する。やがて伊右衛門の子を産んだお岩は産後の病に苦しみ、隣家の伊藤喜兵衛からもらった薬を飲むが、顔をおさえ苦しみだす。実は、お岩を毒薬で醜くして伊右衛門と離縁させ、孫娘のお梅と添わせる喜兵衛の企みだった。苦しみ、絶命したお岩。その怨念が伊右衛門を次第に狂気へと向かわせるのだった…
作:四世鶴屋南北
監督:串田和美
出演:中村獅童 中村勘九郎 中村七之助 中村扇雀
片岡亀蔵 中村国生 中村鶴松 真那胡敬二 大森博史 首道康之 笹野高史
※出演者名は上演当時の表記です
撮影公演:2016年6月シアターコクーン公演
上映時間:118分
製作・配給:松竹
公式HP:http://www.shochiku.co.jp/cinemakabuki/
公式Twitter:@cinemakabuki
場面写真クレジット:(c)明緒
9 月30 日(土)より 東劇ほかにて全国公開