芥川賞作家であり現役医師である南木佳士氏の小説の映画化した『山中静夫氏の尊厳死』。本作は、浅間山を望む信州の地を舞台に、人が死んでいくこと、最期まで自分らしく生き抜くことの意味を、未来の希望と共に描く感動作。
この度、中村梅雀さんとダブル主演を務めた津田寛治さんにインタビューを遂行! 自らも心を病みながら、山中氏に寄り添い続けた腫瘍内科医・今井俊行役を演じた彼に、撮影現場の様子や作品についての想いをじっくりと聞かせてもらった。
― 本作の題材となる原作をお読みになっていかがでしたか?
最初は、深くて重い題材だなと思いました。そして、「尊厳死」という言葉がまだ日本では聞きなれていなかった。安楽死とは違い、ホスピスとも緩和ケアというだけでもないので、そこから調べていきました。
― 津田さん自身も大変な思いをする役どころですが、役とどのように向き合いましたか?
とてもやりがいがあると思いました。これまでがん患者の役は何度も演じたことはありましたが、看取るという役は少なく、しかも医者として看取るという役は初めて。そして、いままで多く描かれてきた看取る側の役のタイプとは全然違うなと思いました。看取りながら自分自身が病んでいく・・・それが医者であるという、幾層にも感情や立ち位置が重なりあっているんです。俳優としてやりがいのある役なので、どう演じようかと考えるのは楽しかったです。
― 人の死をテーマにした映画はたくさんありますが、本作はとても観る人に寄り添った作品。病気になった人だけでなく、その周りの人々それぞれの気持ちもしっかりと描かれています。色んな角度で観ることができますね。
監督はそういうところを描きたかったんだと思います。死ぬということは誰にも訪れることですし、看取るということも誰にも同じように訪れることなので、必然的にそういう作品が多いのも現状だと思います。でも、これほど動物的に描いた作品はないかもしれません。「看取る」ということはとても人間的な作業ですが、それは人としての一番の特徴である“感情的になる”ということ。一般的に旅立っていく者と残される者のどちらの感情もなくしては描けないというドラマが多かったのですが、この映画はそこの部分をなるべく排除して動物的に描いていると思います。動物として死んで、看取る・・・と描くからこそ、人として存在することが浮き上がっているんだなと感じました。
監督からは常々「泣かないでほしい」と言われていました。“人が死ぬと=涙”というセオリーみたいなものをあえてバッサリ切り離すことによって、生き物が死ぬということをとても静かに的確に、リアルに描くことができたのだと思います。まずは涙を切り離すという作業から始めていただいたということは、とても大きかったです。
― 梅雀さんのセリフがとても自然なので、対峙されて泣かないのは大変だったのではないですか?
やっぱり一番最初は泣いちゃったんです。梅雀さん演じる山中さんが、延々と自分が死んでいく恐怖や思いを話すという長セリフのシーンで、僕はそれを聞いているだけなんですが、涙がポロポロ出てきてしまって・・・。(梅雀さんの演技が)素晴らしくて、鳥肌はたつし、涙は止まらないし。そうしたら監督が「泣かないでくださいね」と。本番は涙をこらえて臨みました。そのファーストシーンで僕は、ただただ梅雀さん演じる山中さんを見守っていこう、そしてこの方が旅立っていくことを最善のケアで見送っていこうと思いました。自分の芝居がどうのこうのというのは二の次三の次だと。山中さんの奥さんや自分の家族、あと病院のシステムが僕に働きかけてくる、それを全部ただ受け止めようと考えました。
― 映画を観ていると山中静夫さんが羨ましく思えてきます。なかなか今井先生のような方はいらっしゃらないかと。
そう言っていただけると嬉しいですが、めちゃくちゃいい仙人のようなお医者さんにはしたくないという思いもありました。この医師自身がうつ病になっていくというところにも表れていますが、彼もやはり一人の人間なんだと。医者の立場から言うと、多くの人の死を看取ってきたことは、仕事として当たり前の事。しかし、意外と皆がそのことを気に止めていなかったのではないかと思うのです。どうしても1つの死に固執してしまいますが、医者のほうにしてみれば日常茶飯事に死が目の前で起きている。それを一つ一つ、ぞんざいにするわけにはいかないという、人としての当然の思いのなかで、その仕事をこなしてきた人間の感情をこの映画は描いています。
― とても興味深い部分ですね。
ぜひとも観ていただきたいところです。医者の側からするとこうなんだというところに気づいていただけると嬉しいですね。
― ダブル主演の中村梅雀さんのほか、キャストの皆さんや撮影現場の様子はいかがでしたか?
色んな状況や感情が幾重にも重なっていて複雑な現場でした。空気感のレベルが高いんです。レベルが高いというと、凄く緊張感があってピリピリしていると思うかもしれませんが、決してそうではなく、もっと深い意味でレベルが高かった。梅雀さんと世間話をした記憶もないんです。僕は誰とも世間話をしてなかったかも。だからといって役に入り込んで常に緊張感をまとっていたわけでもない。皆が和やかに微笑んではいるけれど、声を出さずに笑いながらスタッフ、キャストともに仕事を淡々としているんです。でも、そこにはいい意味の緊張感があるんです。
なぜ、こんな空気が上手く生まれているんだろうと思い返してみたら、僕より先輩の俳優さんが多かったんですね。なかなか最近はないことなんですけど(笑)。皆さんが何も言わずとも現場の雰囲気を分かってらっしゃるんです。現場に入ったら、そこにサーっと自分を溶け込ませていくので、監督も梅雀さんも僕も皆、変な気を使わずに済む。肩に力を入れて必死になる必要もないし、静かに現場を見据えながら、ただ作品のことだけを考えて仕事をしていれば作品が出来上がっていくという感じでした。わざわざコミュニケーションをとる必要ないんです。監督が「この映画はこういう作品で、ここに狙いがあって、こういうテーマでやっています」と説明する必要がなく足並みが揃っていった。現場にいるときはあまりにもそれが上手く出来すぎていて気づかなかった。自分の役だけに集中できていました。いま思い返すと、あれは周りの俳優さんが凄かったから出ていた空気感なんだなと。撮影現場の空気がそのまま作品に映し出されていると思います。作品はこうだったけど、現場の空気は違うということがない。当たり前のことのようで珍しいことです。
― 長野県佐久市でのロケ撮影も影響したのでしょうか?
それは大きかったですね。スタッフ、キャストの皆がその土地のことを大事にしていたからこそ、ロケ地の良さが最大限に引き出されていたんだと思います。その土地というものが映画にとってどれだけ大事な場所なのか・・・、それは役者をやればやるほど気づいていくことなんですが、そういうことを体で分かっている方々が揃っていましたから。
― 土地の匂いがしてくるような感じがします。
そうですね。全体的に平べったい空気が漂っている。縦ラインの切り立ったような緊張感ではなく、横のラインというか、ふわ~っとした優しさが映画全体に漂っている。浅間山が映画の最初から最後まで横たわっている感じがありました。
― 家庭でのシーンも病院と対比されていて面白いところです。
台本を読んだ時点では、僕はもっと家庭で一人ぼっちになっていくのかなと思っていました。たくさんの患者を看取ってきて、結果的にうつ病になってしまう自分というのは、同じ経験をしてきた人でなければ分からないだろう、家族といえども絶対にわからないことだから、たぶん孤立していくんじゃないかなと思っていたのです。家族みんなが今井医師と同じレベルで一緒に寄り添っていてくれていたというのは想定外でした。だから、ドロップアウトせずに済んだのだと思います。
― 劇中には心に残るようなセリフやシーンが散りばめられていますが、津田さんが特に印象に残っている場面はありますか?
名作には、名言が少ないと思うんです。その言葉だけを抜き出しても、それが必ずしも名言にはならない。まさに、この『山中静夫の尊厳死』は、そういうセリフがたくさんあります。そのセリフだけでは名言にはなり得ない普通の言葉なのに、その状況で言うと、その言葉の意味が深いと思うことが多かったです。
― 山中静夫さんは婿養子だったので、結婚して嫁いだ女性が同じような立場で観ることもあるかも。山中さんの「最期くらいは気を使わないでいたい」というセリフが・・・(笑)。
なるほど、そういう見方もあるかもしれませんね(笑)。僕も、この作品を観た方から「『俺はもう病院で一日の優しさを全部使ってきているから、家でまで優しくできないんだよ』というセリフが心に響いた。凄く分かる」と言われたんです。何気ない言葉もその時の状況や、この映画の中で言うから心に残るということもあるのかもしれません。
― 津田さんご自身がこの作品で、何か新しい発見はありましたか?
“尊厳死”について自分が向き合った想いです。ホスピスや安楽死など、死について色々考え方がありますが、その中で“尊厳死”は、色んなことに似て非なるもの。その線引きをどこでするか、どこまで本人の要望や意思を尊重するのかというところです。だんだん意識がなくなっていくわけですが、それでも本人は決して死にたがっているわけではない。「楽にしてくれ」という言葉だけ取ると、死にたがっていると思いがちですが、決してそうではなく本人はあくまで生きたがっている。たくさんの方を看取ってきた人だからこそ辿りついた心境だと思うし、その想いが心に残りました。
原作にも「本当に報われないと思った」と書かれていますが、(原作者の)南木さんご自身の言葉だと思います。一生懸命手を尽くしても、ご家族が亡くなったわけですから「本当にありがとうございました」とは言われない仕事ですよね。そこで、遺族を含め少しの引っかかりを取ることを何回も何回も積み重ねることがターミナルケアになるのではないかと、心の底に響きました。
― 山中静夫さんは自分のふる里に帰って死を迎えたいと望みました。津田さんにとってふる里とはどんなところですか?
僕は上京するときに、(ふる里は)捨てていくものだと自分の中で決めていたんです。若いころは何でも捨てていこうとしていました。新しい何者かになりたいという思いが強かったからです。新しい何者かになるには、古い自分を捨てなくてはいけない。その古い自分の中にふる里も入っていたんです。そういうふうに生きていこうと頑張ってきました。でも気がつくと、ふる里に凄く助けられている自分がいて、「お前、頑張ったな」とふる里に言ってもらっている感じがするんです。そして、今ではふる里で行う仕事もたくさんありますし、実家が(出身の福井県に)なくなってしまってからのほうが、ふる里の優しさや力強さを感じるようになっています。さらにふる里との絆が深まっているような気がします。
― それは年齢を重ね、色々な経験をしてきたから、生まれ育ったところを振り返るようになったということですか?
まさにそのとおりです。そういうことを言葉にすると全てが嘘っぽく聞こえてしまうかもしれませんが、歳を重ねて気づいたことや思いに至ったことは、なかなか言葉にできないんですね。ふる里には本当に言葉にできない絆をもらったと思っています。
― 山中静夫さんは自分の最期を迎えるために、自らのお墓を作りますが、もし津田さんがご自身の最期がわかったら何をしたいですか?
僕だったら長編映画を作ります。あと1年だと言われたら映画ですね。あと、3ヶ月と言われたら脚本を書いて、他の人に「これを映画にしてくれ」と託すでしょう。
― やはり、映画と俳優の一生なんですね。
できれば現場で死にたいな。大杉漣さんは本当にステキだったなと思いますし、僕もああいう死に方ができたらなと思っちゃいます。死というよりその人の生き方ですね。
― それでは最後に、本作の見どころと、これからご覧になる皆さんにメッセージをお願いします。
映画にはこういう側面があるんだというところを観て欲しいです。仕掛けをかけた作品を楽しむのもいいことではありますが、例えば3分くらいただ人が歩いているシーンがあって「これは何を伝えようとしているんだろう」と考えながら観るような経験もしていただきたいです。仕掛けや、ドローン撮影、CGなどのダイナミックさも凄いのですが、すぐに慣れてしまうし、次にそれが無いと物足りなさを感じてしまう。最初から盛り込まれていない映画というのは観る人の想像で補われていきます。人の想像は無限なので、どこまでも色んな思いを馳せることができる。その映画鑑賞の豊かさをぜひ味わってもらいたいです。そういう意味でもこの映画はストライクゾーンだと思います。こういう映画を観たときに自分は何を思ったかを大事にしてほしい。ただ面白かった、ビックリしたということだけではなく、この作品は誰でもが経験する人の死を扱っているので、人それぞれの思いがそこにあると思います。地味ではありますが、観ていただければ絶対に心に届いて、何かが残る作品ですので、ぜひ老若男女の方に観ていただきたいです。
【津田寛治(つだ・かんじ)プロフィール】
1965年8月24日生まれ、福井県出身。北野武監督の『ソナチネ』(93)で映画デビュー。以降、『ディスタンス』(01)、『模倣犯』(02)、『小さき勇者たちガメラ』(06)、『トウキョウソナタ』(08)、『シン・ゴジラ』(16)、『名前』(18)、『ニワトリ★スター』(18)、『空飛ぶタイヤ』(18)など、多くの映画をはじめ、連続ドラマEX「特捜9」、BS-TBS「水戸黄門」、NHK大河ドラマ「西郷どん」NHK連続テレビ小説「ひよっこ」などにも出演。自身の脚本・監督作『カタラズのまちで』(13)、『あのまちの夫婦』(18)が公開されるなど、多方面で活躍。
インタビュー撮影:松林 満美
映画『山中静夫氏の尊厳死』
<ストーリー>
「私は肺がんなのです」 山中静夫(中村梅雀)の告白に、医師の今井(津田寛治)は面食らう。余命わずかと診断された山中は、生まれ育った信州・浅間山を望む地で死にたいという。そして、自分の最期を迎えるために、妻(高畑淳子)にも内緒で自らの墓を故郷に造りはじめる。今井はその思いを遂げさせようと決意するが、これまで職業柄多くの死を見つめてきた彼は自らもうつ病を患ってしまう。患者と医師、そして彼らを支える家族がたどり着いた、それぞれの命の在り方とは……。 原作は、「ダイヤモンドダスト」で芥川賞を受賞し、寺尾聰主演で映画化もされた「阿弥陀堂だより」などで知られ、現役の医師でもある南木佳士(なぎ・けいし)の同名小説。主題歌は小椋佳が書き下ろした。人が限られた人生をどう生き、どう死ぬかを、未来の希望とともに描く感動の人間ドラマをつむぎ上げた。
監督・脚本:村橋明郎
出演:中村梅雀、津田寛治、小澤雄太、天野浩成、中西良太、増子倭文江、大島蓉子、石丸謙二郎、大方斐紗子、田中美里、浅田美代子、高畑淳子
原作:南木佳士「山中静夫氏の尊厳死」(文春文庫刊)
主題歌:小椋佳「老いの願い」
配給・宣伝:マジックアワー、スーパービジョン
©2019映画『山中静夫氏の尊厳死』製作委員会
公式サイト:http://songenshi-movie.com/
2月14日(金)より シネスイッチ銀座 ほか全国順次ロードショー