稀にみるほど多くの中国語映画が上映された東京国際映画祭2024。
その中から長年中国映画に注目した記者が、3作品をQ&Aと合わせて側面からご紹介する。
☆コンペティション部門の「娘の娘」(原題:女兒的女兒 台湾)。
主人公のアイシャ(金艾霞)を演じたシルビア・チャン(張艾嘉)が侯孝賢と共にプロデューサーを務め、『台北暮色』でデビューしたホアン・シ―(黃熙)監督・脚本を務める。トロント映画祭で初上演。台湾では11月22日からの公開作品なので、東京国際映画祭でひと足早く観ることができた。
10月29日、丸の内TOEIで行われたQ&Aには、監督のホアン・シー、出演するシルビア・チャン、カリーナ・ラム(林嘉欣)、ユージェニー・リウ(劉奕兒)が登壇した。
ホアン・シー シルビア・チャン カリーナ・ラム ユージェニー・リウ
物語は…
台湾に住むアイシャは、次女ズーアル・范祖兒(劉奕兒)が交通事故に遭ったという報せを受け渡米する。ズーアルは同性のパートナーと対外受精のためにアメリカに渡っていたのだ。アイシャが受精卵の保護者となり、代理母を探すのか、放棄するのか、選択を迫られる。
そこにアイシャとは離れて育った長女Emma(林嘉欣)の思い、アイシャの母の考え方も寧に描き込まれていく。
題名から台湾映画の得意とする母と娘の心情的な葛藤を描く物語かと思いきや、そこに現代的な問題が深く絡み合い、人としての幸せの本質を問われる衝撃的で深い物語となっていた。
時間を行き来して、Emmaやズーアルの状況が、最初は伏せられ、少しずつ伏線を張って明かされていくため、推理ものを見るような楽しみもある作品。観客はアイシャと一体となって悩み、考えを巡らせるのか、Emmaやズーアルに共感するのか。観終わった後、もう一度観たくなる作品だ。
ホアン・シー監督は、台北生まれて、小学校を卒業後にバンクーバーへ。大学からアメリカへ行き、NY大学ティッシュスクール卒業。台北に戻ったのち、しばらくしてホウ・シャオシェン監督のチームに加わり、最初は広報やマーケティングを担当。やがて「自分が本当にやりたいこと」を見直して、制作に関わるようなった。初監督作の「台北暮色」(原題:強尼‧凱克 2017)では多くの映画賞を受賞。その後、ドラマでも電視金鐘獎を受賞し、本作が映画の2作目。
プロデューサーを務め出演もしたシルビア・チャンも13歳から3年間アメリカに留学している。ホウ・シャオシェンを通して本作に関わることになったシルビアは、ホアン監督と共にコロナ禍を挟んで5年をかけて本作の脚本を磨いた。
そしてEmmaを演じるカリーナもバンクーバー生まれで、中学卒業後1996年に台湾で歌手デビューした人。契約問題のため芸能活動を中断してカナダで学生生活に戻ったりする紆余曲折を経て、2002年にアン・ホイ(許鞍華)監督の「男人四十」で俳優として本格的なキャリアをスタートした人だけに、バイリンガルであるだけでなく、異なる文化と生活の経験を持っている。この3人が揃ったからこそ、この映画ができたのかもしれない。
Q&Aでホアン監督自身は、本作制作のきっかけを、「『台北暮色』撮影後の休暇にロサンゼルスに行き、友人を通じて人工授精に取り組む人たちの苦労と、その過程を知った」と明かした。さらに「渡米前に母から『保険をかけてるのか?かけておきなさい』と言われ、自分でもロサンゼルスで運転するのは危ないと思い、もし自分が事故で死んだら、母がロサンゼルスに来て後始末をすることになる。だとしたら、それはどんな話になるのだろうと思ったことが脚本につながった」と語った。
シルビア・チャンは、Q&Aで「今日は二人の娘を連れて来られたことをとても嬉しく思っています。とても美しい娘です。ふたりを同じように愛しています。とても愛しています。どの母親も皆、自分の子供を愛しています」と挨拶した。
シルビアの挨拶の中での最後のひとこと、「どの母親も皆、自分の子供を愛しています」が、母でもあるシルビアの実感であり、この映画に込めたシルビアの大切なメッセージのひとつではないかと感じたので、このひとことも日本語に訳してもらえたらよかったのにと思いました。
Emmaは母に捨てられたという思いを拭えないアメリカ育ちの女性。観客から「実在の人物か、想像上の人か、わからなかった」という感想が上がっていたが、カリーナも「初めて脚本を読んだときには、この人は“虚”で、母アイシャ―の想像の中にいる人物、いてほしいと望んでいる人物かと思いました。撮影では非常に緊張しましたが、普通に演じました。役や映画の設定に入り込んで演じられたので、監督とシルビア姉に感謝しています」と語った。
次女を演じたユージェニーは、このQ&Aでは言葉少なかったが、怪作ともいわれる傑作映画「怪怪怪怪物!」(原題:報告老師!怪怪怪怪物!)で大怪物を演じたのが彼女。2017年の東京国際映画祭で来日してQ&Aに登壇した際には、脚本・監督のギデンズ・コー(九把刀)が「あて書きしてオファーした」と言ったほどに明るく元気いっぱいのイメージだった彼女が、すっかりお澄まししたレディになっていた!
とはいえ、「娘の娘」の中では刈り上げヘアなどロックな姿でエネルギッシュな人物演じたユージェニー。映画の中の女性像と共に、俳優たちの進化にも目が離せない作品となっていた。
☆「チャオ・イェンの思い」(The Unseen Sister[乔妍的心事] 中国)コンペティション部門
ミディ・ジー チャオ・リーイン ジョウ・ユアン(エグゼクティブ・プロデューサー) ©2024 TIFF
2回もQ&Aを行ってくれたのだが、残念ながら私は取材に行くことができなかった。中華圏映画のファンを間違いなく喜ばせた1本が、このミディ・ジー (趙德胤)監督の「チャオ・イェンの思い」だろう。レッドカーペットに、予告されていた主演のチャオ・リーイン(趙麗颖)だけでなく、シン・ジーレイ(辛芷蕾)もが登場したことも、嬉しいサプライズだった。
チャオ・リーイン ©2024 TIFF
シン・ジーレイ ©2024 TIFF
物語の主人公は、中国西南部のミャンマーとの国境の町で生まれ、努力の末にスター女優となったチャオ・イェン。表面的な華やかさとは裏腹に、他人には言えないプレッシャーを感じていた。そんなチャオ・イェンのもとに匿名の脅迫状が届く。時を同じくして長年連絡が途絶えていた姉が突然訪ねてくる。この再会をきっかけに、チャオ・イェンはこれまで隠していた過去に脅かされることになる…。
中国山東省出身の女流作家・張悦然の短編小説「大喬小喬」を原作に、ミャンマー出身の台湾の映画監督趙德胤がメガホンをとった本作。「大喬小喬」とは、三国志の英雄、孫策と周瑜に嫁いだ美人の喬姉妹のこと。題名を見ただけで、「美人姉妹のお話しね」とわかるというわけだ。それを改題した意図とは?
実は、原作小説では主人公は女優ではなく、隠して怯えるほどの過去はない。映画となってサスペンス+エンタメ要素がたっぷり加わり、姉妹の感情の絡み合いもより深く描かれ、女優ふたりの体当たりの演技を堪能できた。
東京国際祭2024で上演された「怒りの河」(原題:怒江)でも、ミャンマーと中国の国境を不法に出入りする人たちが登場する。そうした状況や、ひとりっ子政策の闇の面もはっきり描かれたことも新鮮だった。
ミディ・ジー監督は中国との国境近くのミャンマー出身で、16歳で台湾へ留学したとプロフィールにある。「マンダレーへの道」など、台湾でミャンマーを描いてきた映画監督だが、本作は中国での制作と活躍の場を広げている。Q&Aでは「最初に小説を読んだとき、家族のなかで母親と姉が一家の大黒柱としてそこにいる女性の運命や強さを描いてみたい、映画にしたいと思ったんです」と映画化への理由を語ったそうだ。また次も興味深い映画を作ってくれそうだ。本作は中国では2024年10月26日から上演されている。
☆「ウィメンズ・エンパワーメント」に出品されたオリヴァー・チャン(陳小娟)監督の「母性のモンタージュ」(原題:虎毒不)。
オリヴァー・チャン ヘドウィグ・タム ロー・ジャンイップ
11月2日のQ&Aにオリヴァー・チャン(陳小娟)監督(脚本も)と主演のヘドウィグ・タム(谈善言)、夫役を演じたロー・ジャンイップ(卢镇业)が登壇した。
本作では妻として、パン職人として充実した毎日を送っていたジェンが、母となって新しい命を得た喜びもつかの間、ワンオペ育児に妻・嫁の役割と仕事の両立を求められる中で、先の見えない苦しみにもがく姿を具体的に丁寧に描く。
舞台は香港だが、日本でも、また他の組でも母となった人が(あるいは父となった人も)直面している現実を、正面きって投げかけられた。
オリヴァー監督は「母になったことがこの映画のスタート地点だ。母親になって、世の中は母親のことを何もわかっていないと思った」「母となった人が自分を痛めつけ追い詰められ悲劇が起こることがある。その人たちも怪物でもなんでもなく、自分もその近いところに置かれていると思い、これは映画にしたいと思った」と制作動機を語った。
原題の「虎毒不」は中国語の故事成語“虎毒不食子”の一部だと推測している。“虎毒不食子”は獰猛な虎でも自分の子供は傷つけないという自然界における父母愛を意味する。それに対してしばしば用いられるのは、“人毒不堪亲”という冷酷な人間を比喩する成語で、この二つは続けて連想される。
“虎毒不食子”全部を題名としなかったところに意味を探してしまうのだが、いかがだろうか。終演後、劇場を出ながら熱くしゃべり始めた観客の姿に、身近なテーマを映画にする意味と面白さを実感した。