笑いあり涙ありの家族の感動作、映画『海よりもまだ深く』Blu-ray&DVD が、いよいよ11月25日発売される。台風の夜に、偶然ひとつ屋根の下に集まった“元家族”。夢見た未来と少しちがう今を生きる大人たちの物語。“なりたい大人”になれなかった大人たちへ、世界に愛される是枝裕和監督が贈る。監督が抱く本作に対する特別な思いとは・・・?
原案・脚本・監督・編集を務めた是枝裕和氏にお話をうかがった。
― 本作には是枝監督の特別な思いがあるとのことですが、この作品を撮りたいと思ったのは何故ですか?
『歩いても 歩いても』という映画を撮った翌年からこの作品のノートを作り始めていて、約7年・・・、撮り始めるまで5年かかりました。最初は樹木希林さんと阿部寛さんをもう一度親子で撮りたいな、というところからスタートしているんです。40代で『歩いても 歩いても』、そのあと、僕も阿部さんも子供ができて父親になった。自分の人生の変化を反映させた形でもう一度ホームドラマを50代で撮りたいというところが一番核になっていると思います。
― 監督の故郷である清瀬の旭ヶ丘団地を舞台にした理由は?
自分が育った団地に限らず、以前から団地を撮りたいという思いはずっとありました。何度かチャレンジしたのですが、なかなか撮影許可が下りなくて失敗しているんです。今回も最初から旭ヶ丘団地で撮ろうとしていたわけではなく、いくつかの団地に交渉したのですが全く許可が出なくて。仕方なく自分の出身のところに「監督がどうしてもここで撮りたいと言っている」という話をして、なんとか許可が出ました(笑)。
『空気人形』という映画も、本当は団地の同じ棟にいろんな人が住んでいるという設定で脚本を書いていたのですが、許可が出なかったので団地では撮れなかったんです。
― 台風の日にタコのすべり台にこっそり忍び込むシーンなど、「あ、自分もこんな経験あったな」と思わせる場面がいくつか出てきます。監督の経験から発想するものがあったのでしょうか?
もちろん、ありましたよ。でも、僕は友達と集まりました。台風の日にね。僕たちが行ったのはタコではなく、旭ヶ丘団地の貝殻公園にあった、巻貝の形をしたすべり台でした。それを多少作り変えて映画の中に移植しています。
― カルピスアイスも?
あれはみんなやってるよね?(笑) 60年代生まれだと、カルピスとプラッシー! お米屋さんが持ってきてくれて。プラッシーも凍らせるとシャーベットみたいになるんですよね。今もプラッシーってあるのかな?でも、最近はお米屋さんが配達をしていないので、映画ではカルピスにしました。
― 元家族が一夜を過ごすことになったのが、台風の夜。台風にこだわったのはなぜ?
僕、台風が好きなんですよ(笑)。台風が過ぎたあとの団地の芝生をどうしても撮りたかった。(芝生が)きれいになるから。団地と“台風の翌日”というのがセットなんです。なんか日常が浄化されたような感じっていうのかな。日常が特に変わったわけではないのだけど、何かちょっと浄化されてきれいに見える瞬間、本作はそこに至るまでの物語なんです。
― 阿部さんのダメ男ぶりは過去最高かもしれません。監督からの特別な演出があったのでしょうか?
完全なあて書きなので、阿部さんが読む前提でセリフも書いています。現場で話したことはほとんどないと思います。「ずっと背中を丸めて嘘をついて生きてきた男が、最後に親父の硯で墨をする時にちょっとだけ背筋が伸びる・・・までの話」と、説明をしたくらい。たぶん阿部さんもそれを全部わかって、どこで着地すれば笑えるか、どこから笑えなくなるかというところを考えていたと思います。真木よう子さんと二人になって新しい男の話をするシーンは、一番ダメでいやらしいところ。僕の脚本では「足首をつかむ」ことにしていたんだけど、阿部さんが「僕が真木さんの足首をつかむと、すごく威圧感が出るような気がする。(身体の)大きさが違いすぎるから。足首じゃないんじゃないかな・・・」とずっと言っていたんです。結局、阿部さんが「足首じゃなくていいですか?」と言ってきて変えました。あのシーンで足首をつかんでいたら、もっと酷い男だったかもですね(笑)。
― 樹木希林さんもやはり監督が信頼する女優さんなんですね。
はい。樹木さんが現場にいてくれると、こちらも身が引き締まるのでいい加減なことはできないですね。
― これまでの監督の作品は、観たあとにとても穏やかな気持ちにさせてくれるものが多いのですが、監督が映画を作るときにこだわっていることは何ですか?
なんだろう・・・。(しばらく考えて)「観終わったあとに、人間であることが嫌になるような映画は作らない」ということはいつも決めているんです。人のダメなところも、ずるいところもちゃんと描かないといけないと思います。でも、「人ってこんなもんだよな」っていう(失望感が残る)のは嫌だなと思いますね。
― 決して説教ぽくはなく、肩肘を張らない。それでもちょっとだけ頑張ってみようかな?と思える作品ですね。
そうだといいですね。
― 「何かを諦めないと幸せは手にできない」「海よりも深く人を愛したことなんてない」など、印象的なセリフがありますが、その中に監督が伝えたいメッセージがあるのでしょうか?
特にメッセージを伝えたいと思ったわけではないですが、なりたかった人になれなかった人たちが出てきて、そのなれなかったものに対しての対処の仕方を色々持っている。それぞれ違う形で。諦めきれない息子がいて「諦めないと幸せになれないよ」と言いながら、でも結局、諦められない母親がいる。そして、もう、そういう叶わないであろう夢は持たずに生きようとしている少年がいて。みんなそれぞれが違う対処の仕方があるから、その多様さは描きたいと思っていました。どれが正しくて、どうすると幸せになるよ、ということは僕にもわからないけれどね。
― 監督ご自身はなりたかった大人になれたのでしょうか?
「なりたかった自分」というものがもしあるとすれば、父親のような大人ではない、ちゃんとした大人になりたいと思っていました。
でも、最近自分がすごく父親に似てきていて・・・(笑)。なんか、すごいイヤだよね、
眉毛の形とか似てきちゃってさ(笑)。
― では、これから先になりたい自分は?
毎日楽しく暮らしたい(笑)。
― 今の自分に満足されている?
全然そんなことはないです。自分がなりたかった監督になれているわけでもないし、撮りたい物が実現できない状況もあるので、どうやってこの先の残された時間で自分が撮りたいと思っている映画を撮れるのかと考えています。
― 最後に、これから作品をご覧になる方へメッセージをお願いします。
この作品は、笑って見られる気楽な作品です。笑いながら見ているうちになんとなくちょっとだけ前向きになる。そんなふうに、登場人物と同じような経験を観た方もされるといいなと思っています。
Blu-ray・DVDを本棚に置いてもらえたら嬉しいですね。
【是枝裕和 プロフィール】
1962年生まれ、東京都出身。
早稲田大学卒業後、テレビマンユニオンに参加。14年に独立し、「分福」を立ち上げる。主なTV作品に、「しかし・・・」(91/CX/ギャラクシー賞優秀作品賞)、「もう一つの教育~伊那小学校春組の記録~」(91/CX/ATP賞優秀賞)などがある。95年、初監督した映画『幻の光』がヴェネツィア国際映画祭で金のオデッラ賞を受賞。続く『ワンダフルライフ』(98)は、世界30カ国、全米200館で公開される。04年の『誰も知らない』では、主演を務めた柳楽優弥がカンヌ国際映画祭で映画祭史上最年少の最優秀男優賞を受賞。その後、『花よりもなほ』(06)、ブルーリボン賞監督賞を受賞した『歩いても 歩いても』(08)、カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に正式出品された『空気人形』(09)を手がける。11年、『奇跡』がサンセバスチャン国際映画祭最優秀脚本賞を受賞。12年、初の連続ドラマ「ゴーイング マイ ホーム」(KTV/CX)で脚本・演出・編集を務める。13年、福山雅治を主演に迎えた『そして父になる』が大絶賛され、カンヌ国際映画祭審査員賞他、国内外の数々の賞に輝き大ヒットを記録。15年には綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すずが4姉妹を演じた『海街diary』がカンヌ国際映画祭コンペティション部門に正式出品。さらに、本年度日本アカデミー賞でも作品賞、監督賞を受賞。
『海よりもまだ深く』
<STORY>
笑ってしまうほどのダメ人生を更新中の中年男、良多(阿部寛)。
15年前に文学賞を1度とったきりの自称作家で、今は探偵事務所に勤めているが、周囲にも自分にも「小説のための取材」だと言い訳している。元妻の響子(真木よう子)には愛想を尽かされ、息子・真悟の養育費も満足に払えないくせに、彼女に新恋人ができたことにショックを受けている。
そんな良多の頼みの綱は、団地で気楽な独り暮らしを送る母の淑子(樹木希林)だ。ある日、たまたま淑子の家に集まった良多と響子と真悟は、台風のため翌朝まで帰れなくなる。
こうして、偶然取り戻した、一夜かぎりの家族の時間が始まるが――
映画『海よりもまだ深く』Blu-ray&DVDリリース!情報は⇒こちら