日本舞踊協会が3年ぶりの新作上演となる、新たなシリーズの第1弾、日本舞踊未来座『賽 SAI』を6月15日(木)~18日(日)国立劇場小劇場にて上演する。この公演は、歌舞伎や能・狂言にくらべ、広く浸透しているとは言えない日本舞踊への固定概念を打破すべく企画されたもの。
長い歴史に磨かれた伝統をしっかりと継承しつつも、現代の私たちにも楽しく、解りやすい新作4つが上演される。
この公演をきっかけに「日本舞踊を身近に感じてほしい」と開催された「未来座SAI 大人のたしなみ講座~日本舞踊~」の会場で、日本舞踊協会のメンバーの一人であり、この日本舞踊未来座『賽= SAI=』でも演出・振付・出演と重責をになう市川染五郎(松本錦升)に会うことができた。
染五郎さんが目の前で踊ってくれた「未来座SAI 大人のたしなみ講座~日本舞踊~」の体験レポートはこちらから!!
古典から新作まで、幅広い役柄で高い演技力を認められている当代きっての歌舞伎役者であり、現代劇でも活躍。つい先日は歌舞伎とフィギュアスケートと融合させたエンテーテイメントショー『氷艶 HYOEN 2017―破沙羅』を大成功に終えたばかりという市川染五郎(松本錦升)に日本舞踊のこと、そして『氷艶』についても尋ねた。
撮影:阿部章仁
―大人のたしなみ講座の1限目に参加させて頂きましたが、染五郎さんのファンが感激しておられました。こんなに近くでファンの方とお会いになることはあるのですか?
ないですね。初めてのことです。
―新作公演の日本舞踊未来座『賽 SAI』で水をテーマに選ばれたのは?
なぜでしょうね。(笑) 「水ものがたり」という物語を創るところから始まりました。水は過去にも現在にも未来にも存在するもの。日本舞踊も過去があり、現在があり、さらに未来につなぐもの…というメッセージを作品に込めることができる…とうことですね。
―水と日本舞踊に共通点があると…。
水も時間と同じで止まらない。液体なら流れ、気化したら飛び去り、凍れば解ける。日本舞踊も古典はたくさんありますが、それを踏まえた進化・変化が常に流れるように起こっています。そうであるようにという希望と願いを込めて…という思いでもあります。
―未来座『賽=SAI=』で進化したのは、具体的にはどんな点ですか?
私も出演する「水ものがたり」は常磐津の新作ですが「歌詞は現代語を使おう」ということで作られています。
三味線奏者の本條秀太郎さんが作曲された俚奏楽(りそうがく)という新しいジャンルの音楽での「女人角田~たゆたふ~」は、以前にも上演されたことがある作品です。上演されたことがある作品を新作公演でもやるのは初めてのことですが、拝見しましたところ、古典的な演出ではない、違うかたちの新たな演出です。これもまた“新作”というものの新たな定義になるのではないかと思います。“新作”の意味は、“やったことがないもの“ということだけではないということですね。
―ゼロから作るだけが新作じゃないと。
そうですね。「当世うき夜猫」は、『三味線プレイヤー』上妻宏光さんの音楽で、全員が現代の猫を演じて繰り広げられる作品です。
―パンフレットを拝見すると、「当世うき夜猫」は「降りかかる災害」「移民の受け入れ」と、まさに今の言葉が使われています。これも敢えて使われているのでしょうか?
だと思いますね。「新作の日本舞踊とは、今生きている人間が創った作品」と言うしかないです。古典的な音楽を使ったら新作ではない、ということでもないですしね。今の時代のいろいろな事件、自分の体験が作品に反映されるもの。それが特に強調されて生まれた作品が、この「当世うき夜猫」だろうと思います。
「未来座SAI 大人のたしなみ講座」の「踊ってみよう」で披露された「当世うき夜猫」の様子
―古典や歌詞といえば、【第一限講座】で踊られた「三番叟」でも、歌詞が聞きとれないかと思って注意して聞いていたのですが、なかなか分からなかったです。
今日踊った部分ではありませんが、「三番叟」のある部分の歌詞が解明されたのは、ごく最近なんですよ。
―えっ?!
意味はなんだか分からないけれど伝わっていたんですね。外国からの言葉だったんですけれども。
―驚きました。
今は親切にナビゲートすることが求められている社会ですから、例えば「初めて歌舞伎を観る時には、何をどう見たらいいのでしょうか?」とよく質問されます。その時には、手厚いサポートが当り前の今の時代に逆らうようですが、「探しに来て下さい」「きっと何か、引っ掛かるものが見つかると思います」とお話しています。
例えば「歌舞伎を観る」とはストーリーを追うのが自然なことだと思いますので、ストーリーを追って観ることにしてみましょうか。でも、歌舞伎の1公演を観に来ると、幕間の休憩時間が30分、20分、10分と合計で70分もあります。ストーリーを追いかけているだけだとしたら、70分もの休憩時間は持て余してしまうでしょう。それに、例えば30分程の、歌舞伎十八番の『暫(しばらく)』という演目は「暫く~」と言って出てきた、というだけのストーリーです。ストーリーを追うだけが目的なら、物足りないですよね。
歌舞伎は衣装や道具などの色彩を見るとか、役者の声も含めた音楽を楽しむこともできますし、仕掛けを楽しんだりもできます。美術、照明に注目して見ることもできます。いろいろな見方ができるのが歌舞伎だと思います。
書割という舞台の背景の絵は、けっしてリアルではありません。誰が見ても絵だと分かっているのに、遠近感を感じて開放的な感覚になる。美術として楽しむことができます。
歌舞伎の照明は全体をフラットに照らす、ムラのない照明を徹底していますから、照明に興味がある方は勉強になるでしょう。
そういういろいろな楽しみ方ができる歌舞伎から派生した日本舞踊の世界ですから、日本舞踊でも何かを見つけに来て頂きたい…感じて頂きたいと思っています。
―それは人それぞれで違ったものでいいんですね。
はい。「日本舞踊とはなんですか?」と尋ねられたとき「音楽に合わせて体を動かす」というのが唯一の定義だと思います。もちろん、意味や思いはあるのでしょうが…。
今回上演する私の演出・振付の作品、約20分間の演目「擽-くすぐり-」という作品は、ヘトヘトになるまで踊り尽くせば1つの作品になるのではないか、というチャレンジです。「分からないのが面白い」と言いましょうか、何かを感じて頂けたら…と思っています。かっこいいと思って頂ければ有難いですし、同じものを見てかわいいと思って頂いたら、それもまた正しいですし。
―歴史や背景についての知識がないと楽しめないのかと思っていましたが、それぞれが面白さをさがしに行くというのは、素人にとっても有難いことです。
美的な感覚は、時間を経てもそれほど変わっていない気がします。今、スタイルでいえば、腰高で脚が長いのがかっこいいとされていますが、昔も足が長い方がかっこよかった。だから帯を上に締めるんです。男性は帯を下腹に締めるなんてことも言いますが、そんなことはありません。脚は細くて長いのがかっこいいんです。
―受け継がれてきた美しさがある。それも観に行かなければ感じることができないんですね。
ええ。例えば“見得“がありますが、これもかっこいいと思われたから受け継がれてきたひとつの型です。なので、新作を創る時には、古典の型を避けて…ではなくて、改めてかっこいい“見得”を勉強し直す。今日習われた姿勢やすり足など、基本を徹底することも新作を創る時には大切にします。
―斬新なもの、奇をてらったものではなく…?
そういう時代もありました。音楽も洋楽…もう洋楽とも言わないと思いますが(笑)…洋楽を使って着物を着て踊る、という時代もありましたが、その組み合わせだけでは、今はもう無いですね。
―古いものが逆に新しかったりもする?
ということもあったりします。今回、未來座で上演する「水ものがたり」は常磐津ですし、「女人角田」は三味線を使って俚奏楽という新しい音楽を演奏します。「当世うき夜猫」は津軽三味線の上妻さんの音楽で、「擽」は(ドラマーでパーカッショニストの)仙波清彦さんの音楽です。いろんな色合いですし、全部にいろいろな要素が入っていのかもしれません。
―日本舞踊に馴染みのない方でもとっつきやすいですか?
でしょうね。ただ、新作を創る時に、私は自分が観たいものを創ります。観て下さる方を巻き込みたいという思いがあり、そこに日本舞踊に馴染みのない方に興味をもって頂くために新作をやる…という考えはあまりありません。観たことがないから自分で創るしかないのですが、初めての方にも共有して楽しんで頂きたいと思っています。
―自分が面白いと思ったものが、みんなも面白いと思ってもらえる?
そうなるといいのですが、たいていは「変わった人なんだね」と思われて終わります。(笑) それも半端でなければ、何か残るものがあるかと。「スケート履いて六方踏んだらかっこいいだろう」と思い続けていましたから、そう言っているだけなら「何を言っているんだ?」ですが、実現することができたので(にっこり)「本気だったんだ」と分かって頂けただけでも嬉しいと思っています。
―『氷艶』はとても楽しく拝見しました。その中で髙橋大輔さんが豪華な衣装で日本舞踊を踊られたのがとても素敵で印象的でした。その後半はヒップホップ風のダンスで新鮮でしたね。
あの場面はぜひ、頑張って踊って頂きたいと思っていました。音楽は道成寺、二人椀久、石橋(しゃっきょう)、連獅子と古典を強引につなげたメドレーで、後半はアップテンポにしました。歌舞伎の衣装でスケートを脱いで踊って頂く…というところまで作って「どういう踊りのイメージになりますか?」と髙橋さんに投げかけました。「全部日本舞踊で踊りたい」と言われるかもしれないとか、いろいろ予想をしていたのですが、髙橋さんからは「ヒップホップ」と返ってきた。そこはこちらでは想像もつかないことで(笑)。それからヒップホップの先生(東京ゲゲゲイMARIE)に作って頂きました。
古典の曲をあのようにとらえるというのは「新しい踊りが誕生した」と思いましたね。面白いことだと思います。
とにかく、髙橋さんは踊りといい着物の着こなしといい、日本舞踊を踊ったことがない、着物を着たことがないとはとても思えなかったです。特別な才能をお持ちの方ですね。
―講座の中で歩かせて頂いただけでも体幹が必要かなと感じたのですが、アスリートの方が日本舞踊を踊られるというのは・・・
すごいですが、やはり特別だと思います。『氷艶』には特別な方ばかり出演されていたと思います。
―逆に素人でも日本舞踊を始めると、体幹が鍛えられたりするのかなと驚きました。
そうですね、とても大事です。たまたま野球の選手やサッカーのトレーナーにお会いすることがあると「体幹のトレーニングとして(日本舞踊は)ありだね」と言われたりします。
日本舞踊には汗をかくものだ、筋力が必要だというイメージが無いと思いますが、激しい稽古をすると階段の上り下りができなくなるほど筋肉痛になります。「これだけ激しく踊るものだ」ということを知って頂きたいですし、その思いも込めて「擽」も創りました。
―では、最後に日本舞踊未来座『賽 SAI』の見どころを教えて下さい。
今回は第一回目ではありますが、皆さんに知って頂かなければ次はないという、がけっぷちに立っている公演です。ですから、たくさんの方に来て頂きたいですし、来て頂いた方には、私の作品なら人間のエネルギー、全員で息を揃えて踊るカッコよさを感じて頂きたいと思っています。是非、何かを見つけにおいで下さい。お待ちしています。
【公演概要】
◆公演名:第一回日本舞踊未来座『賽 SAI』
◆演目名:「水ものがたり」「女人角田~たゆたふ~」「当世うき夜猫」「擽〜くすぐり〜」
◆日程:平成29年6月15日(木)~6月18日(日)※開場は開演30分前
6月15日(木)14:30/18:30
6月16日(金)14:30/18:30
6月17日(土)11:00/15:00/19:00
6月18日(日)13:00/17:00
◆会場:国立劇場小劇場(東京都千代田区隼町4-1 03-3265-7411)
◆チケット料金:全席指定 7,000円(税込)
◆各種割引:障害者割引 5,600円(税込)
※お申し込みは協会事務局まで(電話03-3533-6455 info@nihonbuyou.or.jp)
◆チケット取扱:日本舞踊協会WEB特別受付 http://w.pia.jp/p/miraiza-sai17sp/(24時間)
◆主催・お問い合わせ:公益社団法人 日本舞踊協会
電話:03-3533-6455(平日10:00~17:00)
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