この9月、人気劇作家・演出家の長塚圭史が生んだ注目の2作品が上演される。
ひとつは、2006年に初演され大きな注目を集めた戯曲を、吉田鋼太郎の演出・石原さとみ主演で再演する『アジアの女』。
もう一作は、2009年に書き上げたものの上演されることなかった『桜姫~燃焦旋律隊殺於焼跡(もえてこがれてばんどうごろし)~』(以下『桜姫』)。長塚が主宰する新生阿佐ヶ谷スパイダースが上演する。
『アジアの女』は大災害が起きた東京で、倒壊し立ち退くべき家に住み続ける兄妹の物語。
『桜姫』は歌舞伎の名作を、戦後の焼け跡に舞台を移して描く、因縁と倒錯が渦巻く物語。演劇の面白さを存分に味わえる作品になる。
なぜ今、この2作品を上演するのか?見どころはどこにあるのか?
長塚圭史が語ってくれた。
―まず『アジアの女』についてお尋ねします。今回の上演をどう受け止められましたか?
よくぞ13年前のこの作品を見つけて下さった、しかもこんなに贅沢な形での再演。本当に嬉しいです。
―脚本は、初演とは変わっていないのでしょうか?
今回の上演に際して、プロデューサーから「2019年に上演されるべき『アジアの女』を意識して、加筆・修正をお願いできないか」とお話をもらいました。
初演は2006年で、東日本大震災が起きる前ですし、当時と今とではまったく時代が変わってしまったので、情報を少しだけ今の時代に合わせたり、台詞をほんの少し増やしたりしました。当時はグレーにすることで面白かった部分、「グレーでもいい」とあえてわからないようにしていた部分を少しクリアにしましたが、基本的には変えていません。
―演出の吉田さんとは旧知の間だと伺っていますが、稽古はご覧になりましたか?
2回拝見しました。初日の本読みでは冒頭から細かく稽古されていて、キャラクターの魅力を見事に引き出してくださっていました。3時間位の稽古でしたが、(石原)さとみさんもも矢本(悠馬)くんもみるみる活き活きと変わってきて、その導き方には感銘を受けました。「さすがシェイクスピアをはじめ、会話劇を数多く演じてきた吉田さんだ」と非常に心強く思いました。本当にスリリングな時間でした。
―脚本には、ト書きがこと細かく書かれているものもあれば、演出家に任せる部分が大きい作品もあるそうですが、長塚さんの脚本はどちらになりますか?
『アジアの女』も状況説明のト書きや動線の説明がありますが、吉田さんの演出はそれぞれのキャラクターに寄り添って作っていくという印象を強く受けたので、ト書きに縛られ過ぎずに作ってくださるのではと思っています。
これまでも自分の作品を上演してもらえる機会は幾度がありましたが、稽古をきちんと見るという機会はなかなかなかったので、今回、一つひとつの台詞を大事にしてきちんと組み立ててくださっている稽古を見て嬉しかったです。
―2006年の初演の公演を覚えておられると思いますが、初演とはまた違った再演になりそうですか?
まず、俳優によって変わるのは間違いないです。稽古を拝見して、むしろ初演のことを思い出す部分もありました。稽古初日から「こんな話だったな」と見えてくるところもあって、面白いなと思いました。
初演の時は新作でしたから、手探りで作っていった部分があり、また初めての新国立劇場での上演でもあったので、緊張していたところもあったと思います。
今回は吉田さんがこの脚本をとても面白がって信用して下さっていることを稽古を通して感じることができたので、僕としては嬉しい限りでした。
―では、どんな作品となってくるか、期待が膨らみますね。
僕は関東大震災を題材にして、東京に震災が起きて、本当は出て行かなければならないのに、壊すことも直すこともできない家に暮らし続けている兄妹の話を書いたのですが、初演の時は1995年の阪神淡路大震災につなげて受けとめた方が多かったと思います。あれから東日本大震災があり、今この作品をご覧になった観客が受ける感じは随分と違っていると思います。
今なら、どう受け止められるのだろうか…と楽しみです。
それに、そもそも「アジア」ということばへの感覚が、2006年と今では、随分と違っていると思います。
―確かに「アジア」について、最近の変化はとても大きいですね。
普段の生活でもコンビニエンスストアなどで、これだけ多くの外国の方と接することになるとは思いもしなかったですよね。
この作品には外国人を疑う場面が出てきますが、それは「人間って捨てたものじゃない」と思えるところもたくさんあるけれど「人間は自分たちのことばかりを考える偏った考え方をする生き物でもあるんだ」という思いもあるから書いた場面です。もしかしたら書いた当時よりも今に近い話かもしれないと思っています。ずいぶん前に書いた作品ですが、それが今どう響くのかは非常に楽しみです。
―では、観劇のポイントは?
『アジアの女』は13年前の作品です。たった13年ですが目まぐるしく変わっていっている。すごい勢いで進む時代なのだと感じて頂けたら面白いなと思っています。そして、鋼太郎さんの演出が丁寧なので、活き活きとした俳優さんたちが見られると思います。それは僕が作ったものよりもスケールが大きな、今のお客様に届くエンターテイメントになっていると思います。
―『桜姫~燃焦旋律隊殺於焼跡~』の誕生について教えて頂けますか?
コクーン歌舞伎の番外編として主演・中村勘三郎で現代劇をやりたい、鶴屋南北の「桜姫東文章」を現代劇にするということから依頼され、戦後に舞台を置き換えて僕はこの脚本を書いたのですが、いろんな事情があって、この作品は脇に置いて演出の串田(和美)さんと合宿状態で南米版を書き上げての上演となりました。
そんな経緯があり、この作品は書き上げたままお蔵入りになっていました。
一昨年から、僕が阿佐ヶ谷スパイダースを劇団という形にして若手を加え、集団性を高めてやっていくことになり、昨年は新作『MAKOTO]』をやりました。そして「さぁ、次は何をやろうか?」という時に、当時その書き換え事件のあった「桜姫」現代版の時に演出助手をされていて、僕も親しい山田美紀さんから「あれ、読んでみたら?」と言われてこの作品を読み返しました。
読んでみたら「面白いね。なかなか上演される機会もなさそうだし、阿佐ヶ谷スパイダースでやったら、ハードルも高いだろうけど、面白いよ」ということになり、現在、絶賛稽古中です。
―原作の歌舞伎「桜姫東文章」からどのような発想で生まれたのでしょうか?
「桜姫東文章」の清玄阿闍梨は、17年前に恋人の17才の男の子・白菊丸と心中をしようとするのだけど、自分は死なずに白菊丸だけが死んでしまった。それを悔やみ続ける清玄の前に、17年後、白菊丸の生まれ変わりの娘(桜姫)が現れるという物語ですが、そもそも、娘は権助という男に一家を虐殺され、犯されて子供を産まされている。お嬢様だった桜姫と偉い阿闍梨が零落していくお話で、当時の人なら誰もが知っている物語や古典など、いろんな話がたくさん混ざり合っていて、「実は私はあの人の娘で」「実は私は昔、誰に仕えていた」「実は誰それと兄弟で」というような、現代劇では通用しないような「実は…」がたくさんある、ケレンを優先させたとても歌舞伎的な構造のお話です。
「荒唐無稽で無茶苦茶だ」とも思ったのですが、そこを逆手にとってみよう…と考えて、舞台を戦後に置き換えました。
戦前、江田島の海軍兵学校に入ることになった少年と、そうなっては逢えないからと清玄は心中します。しかし生き残ってしまった清玄が、戦後、孤児院にいた娘をあの少年の生まれ変わりだと思う…という話にしました。その娘・桜姫は「本当の自分は、今ある自分よりもっと素敵な人生を送れるのではないか」と思いこんでいる17才の妄想少女です。彼女は、清玄阿闍梨の人生の物語に食らいついて、自ら生まれ変わりの役を勝ち取っていきます。
話の骨格は戦後の焼け跡のように残っていて、清玄阿闍梨はその物語を生きていて、孤児の桜姫がそこに乗っかって話が動き始める。さらに戦後の東京を生き抜こうとする貧しい復員兵、自分が何者かも分からない男が墓堀権助の役をもらって物語に引きずり込まれます。
清玄阿闍梨の「あの時、死ねなかった」=「生きたい」という思い、桜姫の「もっと激しく生きたい」という思い、そして「時代を生き抜く」という男。信じてきたことが全部嘘になったあの時代の、あの戦後の荒廃の霞の中に「生きる」が3つ重なり合う物語です。
―お話を聞くだけで、歌舞伎のダイナミックでロマンチックなところに、リアルな迫力が加わってドキドキします。
桜姫は、彫り物がある自分を犯した男が忘れられないのだけれど、子供を産まされる。知りもしない男と、本当は物語の主人公でもない女が、信じれば信じるほど本当になってくる。彼女が「あなたの腕には私と同じ刺青があるよ」と言うので見てみると、復員兵の腕には確かに刺青があった。「信じた者が、この世界は信じた者が勝っていく」という演劇らしい話に構築しました。ちょっとファンタジックですが、「生きるの、死ぬの」「切った、張った」の、どっちが強く信じるかの勝負です。
どうしてこんな話を書いたのかなと今思うと、中村勘三郎と串田和美いう人に書かされていたのかなと…。歌舞伎の強さもあり、そこに生命力を、その時代を生きる強さ、自分の人生を生きる強さと重ねあわせていくのが現代劇ではないかと思ってやっています。
―演出も大変そうですね?
当時は串田さんが演出すると思っていたせいか、好き放題に書いたところあって(笑)、自分が演出するとなって台本を見る度に「これはどうやってやるんだ?」「僕も悪い奴だったな」と思います。(笑)でも「こんな無茶苦茶はありえない。でもそれを形にしてやる」というのは面白いし、荒唐無稽だからこそ僕らが腑に落ちてやれるようにしたい。どんなマジカルな設定もストンと心に落ちるように…、例えば無いはずの入れ墨が「ほら、あった」という台詞がきちんと聞こえてくるように、「そうか、これは言った者勝ちか」「この女に乗ってみよう」というのがシンプルに伝わればちょっと面白くなっていくなぁと、かすみそうな台詞を汗が噴き出るような生ものに変えていかねばと思って稽古をしています。楽しいです。
―戦後の熱気みたいなものが、とても似合いそうです。
そうです。昨年は現代劇をやりましたが、今回は若い劇団員達も身近にないものへのイメージを広げなきゃなりません。三谷幸喜さんの作品も手掛けている荻野清子さんが音楽を作ってくれて、劇団員皆で生演奏もします。スピーカーから流れる音を信じ過ぎているところもあるので、下座のように小豆やいろいろな道具を使って雨の音や波の音を自分たちで作ってつけています。今、稽古場はシンプルながらも面白そうなものができそうな予感でいっぱいです。
―では、最後に改めて『桜姫』の見どころをお願い致します。
歌舞伎が題材ですから、鶴屋南北の面白さと演劇の「信じれば本当になる面白さ」を使って、思いきり演劇くさく、しかし普遍の可能性を求め、戦後の「桜姫」を紡いでいます。是非、楽しみに劇場においで頂ければと思います!
『アジアの女』
作:長塚圭史
演出:吉田鋼太郎
出演
石原さとみ
山内圭哉
矢本悠馬
水口早香
吉田鋼太郎
期間:2019/9/6(金)~9/29(日)
会場:Bunkamura シアターコクーン
チケット:
S席:9,800円
A席:7,800円
コクーンシート:6,500円
※コクーンシートは、特にご覧になりにくいお席です。ご了承のうえ、ご購入ください。
※未就学児入場不可
※本公演のチケットは主催者の同意のない有償譲渡が禁止されています。
https://horipro-stage.jp/stage/asia2019/
『桜姫~燃焦旋律隊殺於焼跡~』
原 作: 四代目鶴屋南北『桜姫東文章』
作・演出: 長塚圭史
音楽: 荻野清子
出演: 大久保祥太郎、木村美月、坂本慶介、志甫真弓子、伊達暁、ちすん、富岡晃一郎、長塚圭史
中山祐一朗、中村まこと、藤間爽子、村岡希美、森一生、李千鶴
:2019 年 9 月 10 日(火)~ 28 日(土) 全 21 ステージ
会 場: 吉祥寺シアター
チケット
(全席指定・税込)開幕割(9/10, 9/11) 4,500 円(前売・当日共)
一般 前売 5,500 円 当日 5,800 円 バルコニー席 3,000 円(前売・当日共)
会場: 吉祥寺シアター
http://asagayaspiders.com/index.html