井上ひさしの“最後の戯曲”として知られる『組曲虐殺』が、井上ひさし没後10年目のメモリアルイヤーの第6弾作品として上演される。プロレタリア文学の旗手で『蟹工船』の作者として知られる小林多喜二の半生を、彼を取り巻く人々との涙あり笑いありのつながりを通して描き、2009年の初演、2012年再演と数々の演劇賞を受賞した。
今回の10年ぶりの再演には、演出:栗山民也、音楽:小曽根真、小林多喜二役の井上芳雄はじめ、初演からのスタッフ、キャストが多く揃う中、映像に音楽に舞台にと活躍著しい上白石萌音が多喜二の恋人・瀧子役として加わる。
「舞台の上に立つと、これが私のやりたかったことだと実感する」と語る上白石萌音に、『組曲虐殺』に出演する思いを聞いた。
―井上ひさし作品への出演は?
日本を代表する作家さんですよね。以前、直感で手にして買った本が井上ひさしさんの「十二人の手紙」だったことがあります。身近な言葉ではないのですが、とても読みやすくて、日本を代表する作家と呼ばれる所以を感じました。まさか、その作品に出演できるとは、役者冥利に尽きます。光栄です。
―オファーをもらった時にはいかがでしたか?映像や音楽のお仕事と舞台と…大変なのでは?
実は、昨年は舞台に2本出演したので、今年は舞台には出演できないかと思っていました。大学生でもあり、映像か舞台か音楽か、学校かの選択は常に難しいのですが、『組曲虐殺』のお話を頂いた時には即決で「絶対やります。それで学校に行けなくてもいいです」とお答えしました。作品に魅かれる衝動のようなものは、何ものにも勝ります。そういう「絶対に出たい」という作品とご縁がある幸せは常に感じています。これからも、どのように作品と関わっていくかは難しいと思います。できるもの、できないもの、やりたいけど、受からなかった作品もこれからもたくさん有ると思いますが、そうなるべくして導かれているような気もしているので、ひとつ一つを大事にやっていれば、やりたいことや学びたいことをこれからもやっていけるのでないかと思っています。失敗もきっと次につながると思っています。
―公演は10月(取材は7月下旬)ですから、お稽古も作品について考えるのも、まだ先かと思いますが。
徐々に始めています。小林多喜二さんの本を集めて読み始めていて、今度小樽に行って、足跡をたどってみようと思っています。
作品の舞台となった土地に行くのがとても好きです。映画では舞台となった場所にロケで行けることが多いのですが、舞台やアニメーションではそんな機会がないので、先に行ってその人が吸っていた空気を吸って、飲んでいた水を飲む。その場所でその役のことを考えるという時間が好きなので、今回も小樽に行こうと思っています。今、またいろいろ調べています。
―現地で感じることがありますか?
実在していた人として感じることができます。その話自体がフィクションであっても「ここに住んでいたんだ」「この道を歩いたかもしれない」と思うことで、その人に心を寄せられる気がします。特に今回演じる田口瀧子さんは実在の人物ですし、調べてみると、小林多喜二さんとのデートコースや、働いていた店がどのあたりにあったかも分かったので「これは行かずして演じられない!」と思って楽しみにしています。
―そうやって役を作っていかれるのですね。
時代は違いますが、心から共感して演じられるはずだとは思っています。とはいえ、滝子は今の私たちからは想像も及ばないような苦労もされている方なので、そこに少しでも実感を持って演じられるように近付きたいと思っています。
―小林多喜二さんも、今の私たちからすると遠い人に思えますが…
そうですね、歴史上の人物のように感じますが、こういう作品を観て、生きざまに触れると、時代は違っても同じように苦しんで悩んだ人、本当にいた人だと感じてもらえると思います。この作品は、まったく堅苦しさはなく、むしろ暗い部分があるからこそ明るさが際立っています。挫折を味わいながらも信念をもった人たちが、ユーモアや明るさで暗さを吹き飛ばして生きています。観て頂いて、私たちと同じ人間だと感じて頂いて、そこから今に通じる勇気などを感じてもらえたら嬉しいです。
―新作の舞台を作る苦労もあると思いますが、今回は再演です。すでに映像で公演をご覧になったと伺いました。同じ役を他の方が演じている場合には「観る、観ない」と悩むこともあるかと思いますが、今回は悩まれませんでしたか?
もう純粋に「観たい!」と思いました。井上ひさしさんの作品を栗山さんの演出で、素晴らしいキャストで小曽根さんの音楽…一演劇ファンとして観ました。そして泣きました。作品のファンになってしまいました。
石原さとみさんがとても素敵に演じてらしたので、そこから盗めるものもたくさんありそうです。あのときから10年近く経っていますし、私だけではなく土屋さんも新キャストとして加わりますので、新しい化学反応みたいなものも生まれるのではないかと思います。その違いを知るためにも観てよかったと思っています。
―ミュージカルではないけれども音楽がとても活きている作品だそうですね。
はい、音楽が素晴らしいです。何度かコンサートに行って、ワークショップにも参加したことがあります。その小曽根さんが毎公演グランドピアノで生演奏される!ジャズピアニストですから、演奏も毎日変わるでしょうし、それを毎公演体験できる!その前にも、曽根さんと歌稽古もできる!! なんて贅沢なんでしょう!歌詞も井上ひさしさんの洗練されたきれいな言葉が並んで、曲もシンプルで美しくて、歌えることが幸せだと思っています。
―毎公演味わいが違う、この公演ならではの音楽の楽しみもありそうですね。
はい。井上芳雄さんが「ミュージカルとは違う歌い方で歌っています」とインタビューでおっしゃっているのを拝見しました。映像で拝見した芳雄さんの歌い方も普段とはまったく違っていました。「どれだけ喉が強いの?!」という歌い方もされていて、他の作品では見られない、聴けない芳雄さんの歌声がたくさんありました。より実感を持って「伝えたいから歌う」になっているのかな?と想像しています。私もそこは指導を仰いで、一生懸命にこの世界観に入っていきたい。その境地に行けたらスゴイと思うので、がんばりたいと思っています。
―その井上芳雄さんとは、昨年はミュージカル『ナイツ・テイルー騎士物語ー』(以下『ナイツ・テイル』)で2ヵ月間、共演されました。お二人のダンスシーンが思い出されます。
『ナイツ・テイル』以来の舞台出演ですので「舞台の上では、私は芳雄さんに一途なんだな」と思っています。(笑)今回演じる瀧子は、結局自分は身を引いて苦しむような女性ですが、愛情たっぷりでやらせて頂こうと思っています。『ナイツ・テイル』で私が演じたフラヴィーナが、芳雄さん演じるパラモンを愛して踊り狂ったように、今回も同じくらいのピュアさで愛し抜きたいです。短い上演時間ですが、その中でも少しずつ女性として成長していく、その機微を表現できるといいなと思っています。
こまつ座&ホリプロ公演『組曲虐殺』
作:井上ひさし
演出:栗山民也
出演:
小林多喜二(作家):井上芳雄
田口瀧子(多喜二の恋人):上白石萌音
伊藤ふじ子(多喜二の妻):神野三鈴
山本正(特高刑事):土屋佑壱
古橋鉄雄(特高刑事):山本龍二
佐藤チマ(多喜二の実姉):高畑淳子
ピアニスト: 小曽根真
<東京公演>
期間:2019年10月6日(日)~27日(日)
会場:天王洲 銀河劇場
<福岡公演>
期間:2019年10月31日(木)~11月3日(日)
会場:博多座
<大阪公演>
期間:2019年11月8日(金)~10日(日)
会場:梅田芸術劇場シアタードラマシティ
<松本公演>
期間:2019年11月17(日)
会場:まつもと市民芸術館 主ホール
主催:一般財団法人松本市芸術文化振興財団
<富山公演>
期間:2019年11月22日(金)
会場:オーバードホール
<名古屋公演>
期間:2019年11月30日(土)~12月1日(日)
会場:御園座
こまつ座サイト:http://www.komatsuza.co.jp/index.html
ホリプロサイト:http://hpot.jp/stage/kumikyoku