第66回岸田國士戯曲賞を受賞し、注目を集める劇作家・山本卓卓による書き下ろし新作を、元・劇団子供鉅人で作・演出・代表を務めた益山貴司が演出する音楽劇『愛と正義』が、2025/2/21(金)~2025/3/2(日)にKAAT 神奈川芸術劇場 中スタジオにて上演される。
描かれるのは、人を助けることを生業とするヒーローたちの世界。人を助けることを諦めそうになるヒーロー。人を愛することをやめようとする人間。もうすでにそれをやめている怪物。戦うことは傷つけることとわかっているのに戦わなければならない立場。
「愛と正義」が両立しないとき、人はどうするか?
稽古が始まって間もない稽古場に、主人公の風をつかさどるヒーロー、コチを演じる一色洋平を訪ねた。
―今作へのオファーを受けた際の第一印象は?
お話をいただいた時の企画書には、山本卓卓さんが考えておられた「ヒーロー」「生と死」などの概念的キーワードが並んでいるのみでした。ただ、山本卓卓さんと益山貴司さんの作品はこれまで拝見していましたし、おふたりとも脚本も書き、演出もされる方であるのに、今回は脚本と演出を分担されることから、この企画はおふたりの掛け算を期待する作品なのだと感じました。企画書から香ったものをキャッチコピーのように表現すると「卓卓さんの公園×益山さんの公園=大き~な中央公園!そこで遊んでくれる人募集!」とでもいいましょうか。オファーをいただけて、すごく光栄でした。
―演劇で“遊ぶ”というのは?
子供たちが公園で上手に遊んでいるのを見ると楽しかったりしますでしょ。僕の家の近所にも大きな公園があって、子供たちが「そんな遊び方をよく思いついたな!」というような遊びをしているんです。役者さんたちを子供と言い換えるのは失礼ですけれど、そういう感覚に近いです。
―それを伺って、KAATさんは他にはないような公演にチャレンジされている劇場だと思い出しました。
僕が最初にKAATさんで観劇したのが、2015年の白井晃さん演出の『ペール・ギュント』で、古典でありながら「震災を経た日本で上演する意義」を演出に感じた作品でした。その3年前に僕は石丸さち子さん演出の『ペール・ギュント』に出演させて頂いていたので、KAATさんには、先ほどの言葉をお借りするならば「チャレンジャーな劇場だな」という印象を抱きましたし、以来、KAATさんのラインナップを見ていても、演劇で遊ぶのが上手な方がいつもいらっしゃると感じています。
そうして僕もようやく2023年夏にKAATキッズ・プログラム『くるみ割り人形外伝』でKAATさんとご縁ができて、今回も神奈川芸術劇場プロデュースという名のもとにお呼びいただいて、光栄が重なった感じです。
―今はもうお稽古が始まりましたか?
山本卓卓さん、益山貴司さんとお会いする直前に台本を読ませていただいて、プレ稽古から始まりました。台本を読んだときに、卓卓さんご自身を少しでも知ることが、作品を読み解くことに繋がるだろうなと思いましたし、プレ稽古終了後に脚本をブラッシュアップする上でのインタビューなども丁寧にして頂きました。作家さんと直接お話しできるのはすごく贅沢なことですよね。生きている作家さんとしかできないことですから。
―作品の底から掘っていける?
卓卓さんの価値観、死生観、どの立場の人にも優しさを必ず注ぐという眼差しに触れることから始まる気がしています。卓卓さんは、いつもは早めに書き上げることが多いそうですが、今回は脚本にちょっと時間をかけながら、現場にいる方たちと作っていきたいというイメージがあるそうです。
―では、お稽古が始まった今は、脚本家、演出家、キャストが一体になって作品を生みつつありますか?
そうですね。卓卓さんご自身もまだブラッシュアップされているシーンがあって。それは「全部がわかっちゃったらつまらない。全部1人で100パーセント作品が作れちゃったら、つまらないのでは」というお考えもあるそうで。
こちらも「これはどうですか?」と図々しく考えを話せますし、卓卓さんはそれをすぐ柔軟に「じゃ、こうしてみようか」と言ってくださる方。僕ら俳優5名+ダンサー2名の7人それぞれの頭の中に宇宙があるので、7人が入ったことによって感じられたものもいっぱいあると思われます。
昨日は形を変える上で大きな1日だったんですよ。卓卓さんを囲んで、4~5時間、みんなでディスカッションをして。今回一番いいなと思うのは、それを楽しめるチームであること。作品が雲みたいに形を変えて、かつ「そりゃぁ変わるよね」と思える人たちとやれるのは心強い。このチームの空気が心のよりどころになっています。
―演じる役はヒーローだそうですね?
風を使う、風を操るヒーローで、字面だけだとかっこいいですけど、風を巻き起こして悪を蹴散らすようなヒーローではなくて、彼の風の使い方はとっても優しいんです。基本的に傷つけたくないという思いが彼のベースにあって、犯罪を起こす人間にも必ず理由があるので、彼らを痛めつけるのではなく、まず彼らを落ち着かせる。彼らと対話するために風を使ったり、自分が移動するために風を使ったりもします。
ところが、最終的に彼は、自分がつかさどってきた風に気付かされることがある。風というものの捉え方が変わる。この作品の中で、彼はすごくドラマチックな時間を過ごすと思うので、そこも楽しんでもらえたらと思っています。
―複雑な内面をもったヒーローですね。
実はそこから物語が始まっています。イメージしやすいヒーロー物は、すごくかっこいい面から始まって、ナイーブな面は、出るにしても半ば以降のような気がしますが、この物語のヒーローは、まず内面のナイーブさから始まっています。それまで他者の命を絶対的に優先してきた人が、ふと自分の命を見つめる。自分の命を見つめるということは、妻との時間、友達との時間を見つめ直したりすることに繋がる。それまで「助けに来て」と求められてきたのに、その求めがすごく窮屈に感じてしまったりする。世界が変わって見えるわけです。
物語の冒頭がヒーローのナイーブな面から始まっている、ヒーローにもこういう面があるよね…というところから始まるのは、卓卓さんの優しさがそうさせているんだろうなと感じました。
卓卓さんはご自身のことを「戯曲作家というよりも詩人だ」とおっしゃっていて、だから物語を伝わりやすいものとして提示したいという領域には身を置いていらっしゃらない気がするんです。ところが、僕らはそれを届ける立場なので、やっぱりこれを理解して届けたい、少しでも分かりたいという欲がどうしてもあって、卓卓さんの雲と僕らの雲がどうやったら1つの積乱雲になれるか。それでどうやったら雨を降らせることができるかを調整している段階かなという気はしてますね。
―台本をちらっと拝見したのですが、詩人が書いた脚本ということが、なんとなくわかります!
(同時に)わかるでしょ!(笑)今回は、感覚的なものを敢えて言語化してくれている詩だからこそ届くものもあるんだなと思いましたね。
―でも台本からだと「実際に舞台で俳優がどう表現するのだろう?!」とも思いました。
今はまだ立ち稽古もしてなくて、どうやったら場面を立ち上げられるか、視覚的な舞台の空間作りの段階なので「どうなるんだろうね」という気持ちと、「この作品の作り方にちょっと慣れてきたかも」という気持ちが半半です。たぶん来月には今を振り返って「そういう時期もあったね」と思えると思いますけれど。
―しかも音楽劇ですね。
はい、音楽もあります。語弊を恐れずに言うと、これまで出会ってきた楽曲の中で1番難しいかもしれません。変拍子で技術的にも難しいんですけれども、初めて聞いた瞬間に「これを歌えたら、絶対かっこいい」と思いました。これをものにできたらかっこいいっていう憧れがあるので、その憧れに向かって今、頑張っています!
客席イメージ図
―振付もダイナミックでステキな振付をされる黒田育世さん。見た目も攻めているのでしょうか?
公演ホームページに、三方が客席に囲まれている舞台図面が出ていますけれども、それだけでは想像しきれないぐらいに空間が動きますよ。会話のシーンだけでなく、楽曲を扱うシーンもやることが盛り沢山で、お客様が思ってらっしゃるよりもかなり大掛かりな転換をします。それを楽しみにしてほしいと同時に、それを操るにはそれだけ練習量が必要なので、今はやることが本当にいっぱいです。
だからといって焦るのではなくて、振付も黒田育世先生がワークショップ的に、とにかくこの7人の空気感を作ろうとしてくださっています。
客席に囲まれた舞台だから、もしかしたら背中合わせで演技しなきゃいけない場面や、他の人がどこにいるかわからない状態で踊らなきゃいけないシーンも出てくるかもしれない。そんな時に別々の身体言語を持った僕ら7人を何が繋ぎ止めるかといえば空気感。なので、ここでこれから遊ぶので手を繋ぎましょうということをすごく時間かけて丁寧にやってくださっています。とっても有難いことです。
それは多分、益山さんと黒田さんの付き合いがもう15年ぐらいだとおっしゃっていたので、そういう長い付き合いだからこそできることで、おふたりが大事にしたいことがすごく似ているのかもしれませんよね。
クリエイターチームの描く宇宙がほんとに壮大で、それについて僕らが感じている魅力と同じだけ、いや、それ以上をお客様にお伝えしたいと思ったら、 僕らが頑張らなきゃいけないことはちょっと多いですよね。
―ヒーローたちの操る技も楽しめますか?
そこは視覚的に楽しんでほしいと思います。風がどう表現されるのか、大地を司るヒーローがどのように大地を使うのか…。いろいろ使うだけでなく、黒田さんの厚い信頼を受けるおふたりのダンサーさんがどう表現してくれるのかも、お楽しみにして頂きたいです。
見た目が楽しい賑やかな作品として「お客様に楽しんでもらえるエンターテイメントにしたい」という絶対的な目標はありますけれど、同時に、内面的な感動もお伝えしたいので「会話は絶対に聞かせたい」という課題もあります。楽しんではもらいたいし、言葉も持ち帰ってほしいと、強く願っています。
―ヒーローが出てくる会話劇かと思っていましたが、いろいろとたっぷりありそうですね。
そうなんです。「1本観劇したけれど、いろんなものを見たな」という感想になってほしいと思います。会話劇としても「あそこのセリフ、大好きだったな」と思ってもらえる言葉がきっといくつもありますし、音楽も楽しんでもらえるし、振り付けも視覚的に楽しいですし、舞台空間もこれだけ動くんだという驚きもあって…。忙しく楽しんでほしい気持ちと、ゆっくり味わってほしい気持ちがあります。
-最後に、一色さんの目標を教えてください。
目標を持っていた時期もあるんですが、目標通りにならないこともいっぱいあって、今はそれが面白いなと思っている自分もいるんです。
例えば、「あの演出家さんと一緒にやってみたい。自分は合うと思うんだけどな」と思っていても、一向にお声がかからない。でも、ご縁がきっとないだろうと思っていた別の方からオファーをいただいたりして。良い意味でも逆の意味でも自分の想像通りにならなかったことがたくさんあって、だからあんまり目標を持たないようにもしているんです。
ーでは、心がけてらっしゃることは?
「この作品にあいつがいれば頼りになるな」と思ってもらえる役者になること…ですかね。
この『愛と正義』も「あの人なら遊んでくれそうだな」と思ってオファーいただいたような気もしています。「ここは任せた」みたいに思ってもらえるような俳優になりたい。それが遠い目標ですかね。
KAAT神奈川芸術劇場プロデュース
音楽劇『愛と正義』
2025/2/21(金)~2025/3/2(日) KAAT神奈川芸術劇場 <中スタジオ>
作:山本卓卓
演出:益山貴司
音楽:イガキアキコ
振付:黒田育世
出演:一色洋平 山口乃々華 福原冠 入手杏奈 坂口涼太郎
大江麻美子(BATIK)岡田玲奈(BATIK)
チケット:入場順整理番号つき自由席 (税込)
一般 6,500円
神奈川県民割引(在住・在勤) 5,900円
U24チケット(24歳以下) 3,250円
高校生以下割引 1,000円
シルバー割引(満65歳以上)6,000円
公演スケジュール詳細、託児サービス、アフタートークなどの情報は、公演ホームページをご参照ください。
https://www.kaat.jp/d/aitoseigi