11・12月東京と兵庫で上演される、イッセー尾形、木村達成、入野自由の出演の舞台『管理人/THE CARETAKER』の取材会の模様をお伝えする。
木村達成 イッセー尾形 入野自由
本作は、不条理演劇の大家として知られる、ノーベル文学賞受賞の鬼才ハロルド・ピンターが1959年に執筆、翌60年に発表し、それまで独特の作風が批判されることが多かったピンターが初めて高い評価を手にした作品。“ピンターポーズ”と呼ばれる、ピンター特有の“間”を多用しながら、追い詰められていく人間をめぐる不条理を恐怖とユーモアのうちに描く。
登場するのは老人と兄弟の3人のみ。時にぶつかり、時にフェイントを掛け合う3人だけの会話劇だ。
【あらすじ】
ロンドンの廃屋のような部屋。そこへ古ぼけてはいるがきちんとした身なりの青年アストン(入野自由)と脚を引きずる宿無し老人デーヴィス(イッセー尾形)がやって来る。デーヴィスは住み込みで働いていたレストランをクビになり、偶然知り合ったアストンの厚意でこの部屋に連れてきてもらったのだ。
2人の会話はまったく嚙み合わないが、デーヴィスはこの部屋にこれ幸いと居候することになる。だが翌朝、いきなり現れたアストンの弟ミック(木村達成)に不審者扱いされ、激しく責め立てられる。だが、次第にミックはデーヴィスにこの家をリフォームする壮大な夢を語り始める。
そして兄弟はそれぞれがデーヴィスにこの家の管理人にならないかと持ち掛けるのだった。
―ご挨拶をお願いします。
尾形:ハロルド・ピンターは私が20歳の頃ぐらいだから50年ぐらい前ですか、『ダム・ウェイタ―(料理昇降機)』という作品を演じたことがありますが、もやもやっとしたものがありました。今回、50年ぶりのピンターは正面きって納得いくまで演じたいと思います。
入野:ピンターの不条理劇は、三人芝居で膨大な台詞量と難しい戯曲ということで、かなりプレッシャーもありますが、それと同時に素敵なキャスト、スタッフとともにこの作品に挑めるワクワク感も同じくらいあって、すごく不思議な感覚です。
木村:よくわからないことだらけなんですけど、ノーベル文学賞作家、その作品をやれることを光栄に感じています。同時にまだ理解しがたい部分のほうが多いのですが、わからないなりに全力で楽しめたらいいなと思っております。
―脚本を読んでの感想や面白そうなところを教えて頂けると有難いです。
尾形:まずは脚本を私が演じる老人のデーヴィスから見ていきましたが、台詞がいっぱいあるなぁと(笑)。同じようなことばかり喋って話が長いのに、相手役は止めないんです。いい加減止めてくれと思うのですけどね。相手が止めるから喋らなくなるんだという日常に気が付いて腑に落ちました。デーヴィスは差別主義者で、自分の出自も怪しいんですけど、差別されたから差別し返すのか、そこはよくわかりませんが、ともかくアストンに連れて来られた部屋の居心地が良いんでしょう、ここにねぐらを決めることになったんだろうけれど、アストンと弟のミックのふたりの、どっちにいい顔をすればいいのか分からない。デーヴィスは他人にいい顔してきて生きてきたんでしょうが、それが通用しない現実になってしまって、悩みが深刻なんです。一方、兄弟の方はどうかといえば、兄弟二人で暮らしていくには、きついようで、老人がいたらいいんじゃないかと、そこで管理人が出てくるんです。管理人は社会的な仕事で、この浮き草のような老人にとって管理人になるのは社会人になれる第一歩かもしれないと誘われるわけです。だからデーヴィスも「いや、ちょっと考える」と言いながら、本当はすごく嬉しいんだと思います。そんな風に居場所のない三人の話のような気がしていますが、これが稽古で、アストンとミックと格闘し、ピーターと格闘して、小川さんの演出があって、どういうふうに変化して行くのか。稽古の日々が一番重要なピンターとの付き合い方だと思っています。
入野:二人ずつが向き合うシーンが多いんです。そこにはある種の緊張感がずっとあって、台本を読んでいる中で、その部分が惹きつけられる部分でした。緊張感がいろんなうねりを経て変化して、三人の関係が変わっていくところが面白いと思います。実際に掛け合ってみたらどんな感じになるのか楽しみです。なぜこの作品が長い間上演されているのか?そして今回なぜこの戯曲をやることになったのか、稽古で小川さん含め、スタッフ・キャストで読み解いていき、どんなところにたどり着くのかすごく楽しみです。
木村:難しいなりに各々が解釈を持ってきて、稽古場でぶつかると思うのですが、ぶつかり合うことで、もっと分からなくなる瞬間もあると思いますし、それでいて「こういうところに向かうべきなんだな」って言う終着点も見いだせてくるのかなと思いながら稽古に励みたいと思っています。
―木村さんが面白いなと思うところは?
木村:ミックがデーヴィスに何回も名前を聞くくだりがあります。デーヴィスをすごく怪しんでいるようなのに、なぜ彼を管理人に指名したのか?理解しがたい部分が勿論あるけど、多分人間ってそうものだと思うんです。今日の発言も明日には変わっていることもあると思うし、考え方なんて、そのときのコンディションによって変わるじゃないですか。そんな人間性みたいなものがこの不条理劇の中にたくさん詰められてるんだなと思うと、演じ甲斐があります。僕たちはロボットじゃなく、今を生きている人間で、しかも舞台上で生きることができる。役者をやる上でうってつけの作品ではないかなと感じています。
―デーヴィスはこの兄弟はどう見ていると考えていらっしゃいますか?
尾形:まず力関係で見ていると思います。どっちが実力者か?自分がここを“ねぐら“とするには、どっちにすり寄ればいいのか。思惑はどんどんずれてくるんですが…。
―この兄弟はどういう兄弟か、互いにどう思っていると考えておられますか?
入野:本当のアストンがどういう人物なのか、どんな兄弟なのかも、分かりそうで分からない。そのつかみどころのなさが面白いところだと思います。ミックがあの家にアストンを住まわせているのだとすれば、何か事情があったのか、元々は仲が良かったのかもしれない。あるいは、もしかしたらずっと疎まれていて「そこにお前はいろ」と言われて居るのかもしれない…。僕たち自身がどう解釈して、お客さんにそれをちゃんと届けられるか…。
一緒に観たのに全然解釈が違ったり、噛み合わなかったりして「あれ?同じもの観たよね」と、彼らについては観る人によって感じ方の違いがあると思います。
木村:不条理劇・ピンターの術中にハマっていると思いますが、わからないことに誇りを持って堂々と演じていきたいという気持ちもあるんです。というのは、他人の解釈が追い付かない人というのも絶対いると思いますし、でもできるだけそこに近づきたいとも思います。兄弟の関係性も、木村達成と入野さんとの関係でつないでいくことも可能だと思います。
デービィスに対してのフォーカスの当て方は、戯曲の中にわりと鮮明に描かれていると思うので、強く責めたてたり、それでいてマウントを取りに行ったりする姿勢などはやれると思います。ただ戯曲をそのままなぞるのであれば、僕たちがやる意味がないと思うので、そこでまた三人の関係性を小川さんと一緒に稽古場で新たに作れることができたら僕はすごく幸せですし、お三方と一緒に作れるのはすごく楽しみなことです。
―“不条理劇”と聞くと「難しいだろうな」と腰が引けてしまう方もいると思うので、そういう方へメッセージを頂けますか?
尾形:これは木村くんが得意じゃないかな。(笑)
木村:「演劇を観たけど、わからなかった」という感想をときどき聞きます。でもわからなくていいと思うんです。僕らはもちろんすべてを伝えようとしてやりますけど、人間はわからないことの方が多いし、声を大にして「わからない」と言う恥ずかしさも覚えてほしいと思います。自分の理解が追い付いてないというだけで、分からないからと批判するのはおかしいよね…と思います。もしかすると、この作品はお客さんを置いてきぼりにするかもしれません。でもこの作品は観客を引き込む何か凄い魔力を持った舞台だと思うので、そこに巻き込まれるのもありなのでは…と思っています。なので「難しそうだから、この舞台を避けようとしているあなた、ダメだよ」と言わせてください。
尾形:思いつきました。「これを観ると、あなたも不条理劇がわかります」そういう芝居にしたいです。『管理人』が何年も評判が良く上演され続けてきたのは、その時代と『管理人』を繋ぐものあるからで、現代の日本と『管理人』を繋ぐものが絶対あると思います。
入野:会話を楽しむのが、いいんじゃないかと思います。会話のテンポや間、わからない部分にフォーカスを当ててみたり。そして、きっと緊張感漂う異様な空間になると思うので、この三人の空気感、日常とは違う雰囲気も楽しみのひとつになるんじゃないかなと思います。
―“ピンターポーズ”と呼ばれる「間」が多用されている作品だそうですが、お芝居の「間」について思われることを教えてください。
尾形:私は一人芝居で「間」を多用しています。というのは「間」は自分が考える時間とお客さんが理解する時間。階段の踊場ですね。自分もお客様も今まで登ってきた、でもまだ登るよ。でも、ちょっとここで頭の中を整理しよう…そういう時間だと解釈しています。「間」は空白じゃなくて、言葉にならない言葉ですけども、言葉が充満してる時間。そんな気がします。
入野:難しいですよね。芝居をやる上ではセリフよりも大事にはしてるんですけれども、毎度「間」には苦戦しているっていうのが正直なところです。ちゃんと自分の中で埋められてないと、すごく長く感じてしまうし、相手にとってもすごく長くなってしまったりする。自分だけのことではなくて、その空間とお客さんと役者同士で共有している一番気持ちいい瞬間っていうものをしっかり逃さないようにキャッチしたいといつも思っています。
木村:書いてあっても、あってないようなものとしてとらえたいです。文字だけ見てしまうと喋っていないし、何も動いていない。止まっている時間に見えても、人の頭の中はすごく動いてるし、常にいろんな言葉が頭の中で飛び交っている。気持ちとか心とか頭の中で言葉が常に巡っている時間と思えるのが「間」なのかな。この作品に限らず、分からなかった瞬間に止まるときも、理解しようとしている時間だと思うので、「間」を本当に止まっている時間としてとらえたくないと思っています。
―演出の小川さんへどんな期待をされていますか?
尾形:ただただ小川さんの喜ぶ顔を見たくて、このお話をお受けしたような次第です(笑)。
2020年に出演した『ART』で明確な演出をされたので、きっとこの『管理人』でも明確に僕達に課題を出してくれると思います。それをなんとかクリアして、その先に何かがあると楽しみにしています。『管理人』も『ART』も長い作品で、『管理人』は読むだけで2時間ぐらいかかる。だから持続力が必要ですね。入り口からいろんな旅をして出口にたどり着く。僕自身も僕たち自身も旅するだろうし、お客様も旅をするでしょうし、かなり辛抱強く実感を込めて作ります。時間が大敵だと思いますが、お客様を飽きさせないようにしなきゃいけませんね。
入野:僕は小川さんが演出助手をされていた『ETERNAL CHIKAMATSU -近松門左衛門「心中天網島」より-』(2016年)でご一緒していますが、演出をお受けしたことはまだありません。でも演出作品はいろいろ拝見しています。小川さんの演出で、新しい発見ができるのではと楽しみにしています。
それにプラスアルファして、『管理人』という戯曲をどう読み解いていくのか。「どうしてこの作品やろうということになったのか」をお聞きすることも楽しみにしています。
木村:僕は小川さんとは初めましてで、演出された舞台を見たことがないので、どういった方なんだろう、どういう演出を付ける方なんだろうっていうのも未知数です。ただ、人は出会いでいろんな変り方をしていくと思いますし、それで僕が小川さんの演出を受けたら、自分がどういうふうに変わっていくのかも楽しみです。そういう一つ一つの出会いを大切にしながら、ハロルド・ピンターの作品に挑めるのは素敵なことだと思います。
演出家の言うことを理解できないけど、やってみることもあるんじゃないかと思いますし、そういう一つ一つの瞬間を無駄にせず、大切にしていきたいなと思っています。
『管理人/THE CARETAKER』
【作】 ハロルド・ピンター
【翻訳】 小田島創志
【演出】 小川絵梨子
【出演】 イッセー尾形、木村達成、入野自由
◇東京公演
公演日:11月18日(金)~11月29日(火)
会場:紀伊國屋ホール
料金:9,300円(税込み・全席指定)
問い合わせ:サンライズプロモーション東京
TEL:0570-00-3337(平日12:00-15:00)
主催:インプレッション
◇兵庫公演
公演日:12月3日(土)~4日(日)
会場:兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
料金:A席8,500円、B席5,500円(税込み・全席指定)
問い合わせ:芸術文化センターチケットオフィス
TEL:0798-68-0255(10:00am-5:00pm)月曜休み*祝日の場合翌日
主催:兵庫県 兵庫県立芸術文化センター
【公式HP】kanrinin-stage.com/