2023 年 11 月 7 日(火)〜26 日(日)に東京芸術劇場プレイハウスにて、その後、大阪・愛知にて、舞台『ねじまき鳥クロニクル』が再演される。
村上春樹の原作を、イスラエルの奇才といわれるインバル・ピントらが演出・振付・美術を担い舞台化。2020年2月に初演では、初日を観劇した村上春樹から「美しい舞台でした。ありがとう」と絶賛されたことで知られる。
唯一無二の作品と大きな注目を集めるも、コロナ禍のために全公演を上演できずに終わり、再演を求める多くの声を受けての再演となる。
今回も初演と同じ、演出・振付・美術をインバル・ピント、脚本・演出をアミール・クリガー、脚本・作詞を藤田貴大、そして音楽を大友良英が手掛ける。
この作品に初演に続いて出演する大貫勇輔が、インタビューに応えてくれた。
大貫勇輔はダンサーとしてキャリアをスタートし、俳優としても舞台から映像へと活躍の場をひろげ、近年はミュージカル『フィスト・オブ・ノーススター〜北斗の拳〜』(以下『フィスト・オブ・ノーススター』)ケンシロウ役、ミュージカル『マチルダ』トランチブル校長役、舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』ハリー・ポッター役と大役を演じ、大河ドラマ「どうする家康」浅井長政役をはじめ、多くの映像作品でも活躍している。
インバル・ピントとは『100万回生きたねこ』(2013)で出会い、初演にも出演した大貫勇輔だからこそ知る舞台『ねじまき鳥クロニクル』の魅力とは?
―振り返って、初演の印象は?
コロナ禍のために全公演を完走できなかった悔しさが一番残っています。観られなかった方もいらっしゃると思うので、再演できることが本当に嬉しいです。再演を初めて聞いた時には「舞台『ハリー・ポッターと呪いの子』と出演時期がかぶっているので、僕は参加できないかな…」と残念に思っていたのですが。お話を頂いてふたつ返事で「もう1回やりたかったので嬉しいです」と即答しました。
―作品としての感想はいかがでしたか?
「村上春樹さんの3部作の、あの難しい小説を舞台化できるのだろうか?」という世界初演でしたが、スタッフ・キャスト全員で手作りしたという感覚があります。演出・振付・美術のインバルや、脚本・演出のアミールが投げかけてくるものに対して、脚本・作詞の藤田貴大さん、音楽の大友良英さんと僕ら出演者が、ディスカッションしながら一つひとつ創っていった初演だったので、本当に思い入れ深い作品です。(コロナ禍もあり)難しい環境の中での稽古・本番でもありましたし、再演となって皆で集まった時には、また家族に会えたような懐かしい感じがして、想像以上に思い入れが深かったんだと感じました。楽しく稽古を始めました。
―初演を拝見して、幻想的でありながらエネルギーが押し寄せる舞台に衝撃を受けました。具体的にはどのように創っていかれたのですか?
初演の作り方は基本的にインバルの振付がベースにあって、僕らが足したり引いたりして踊りをつくります。音楽の大友さんには、それを見て覚えてもらって、ダイナミズムの波を即興で作ってもらう。そこは大友さんたちのすごい技術ですね。そして、何回も繰り返しやってみて「今の音楽だと、ここの振り付の間がちょっと長いね」と言ってカットしたり、「音楽をちょっと変えてみようか」となるときもあったり、演者が「ちょっと静かすぎるからもっと大きくやってみよう」と振付を変えたり、その場その場で、本当に一つひとつ調整していきました。
そして、別の取材で話しながら「これが特徴だな」と思ったのが、“音に対して振り(動き)が少ない”ということ。音符を置く間隔が大きいんです。歌でも音符と音符の間は、歌っていても正しさがほしいだけではなくて、何を思って歌っているかが大事だったりしますが、今回の振付も同じ気がしています。
ただ歩くだけとか、ただ足で踏むだけという振りの中に、どれだけ自分の役・個性・色・思いを込められるか。それが、僕ら演者にとってはこの作品での面白さであり、やりがいであり、それが明確ではないからこそ、観る側にとっても受け取りの幅がある。それがこの作品の魅力であり、面白いところだと思います。
―初演を思い返すと、“観る側にとっても受け取りの幅がある”というのは、とてもわかる気がします。今回は初めてダブルキャストになりますが、そこはどう作っているのでしょうか?
今回から音 くり寿さんと首藤康之さんが初参加です。初演でやってきたベースはあるので、それを目指すけれども、首藤さんと僕はキャリアも持ち味も体型も違いますから、今は少しずつそれぞれに合う演出、振付をフィットさせているような段階です。
―インバルさんが森山未來さんとのトークイベントで、再演について「より深まり、自分がやるべきことがわかって、私にとってしっくりくることができている」と話しておられたのですが、お稽古で感じておられますか?
インバルは同じものをなぞることがすごく嫌いな方なんですよ。今回、肌で感じているのは、彼女にとっても、この3年半という時間は、ものすごい時間だったということ。日本もイスラエルも、世界中がとんでもない時間を過ごして、その中でもがいて苦しんだ。そして成長した仲間たちが再集結しているので、間違いなくバージョンアップしたものになるでしょう。僕自身もこの3年半で主演のミュージカルや、映像作品もたくさんやらせて頂いた。それを活かせたらと思っています。
―大貫さんは、この三年間だけでも、とても多彩な役をやってこられて、体型変化だけでも大変だったのではないでしょうか?本作初演では、滑らかでしなやかな動きと同時に力技もすごかったイメージがあります。
『フィスト・オブ・ノーススター』初演で、体をちょっと大きくしすぎてしまい動きづらく思って、再演では少し小さくはしたのですが、ベースについてしまっている筋肉、特に背中や肩周りがなかなか落ちなくて苦労しました。
今は筋トレをやめて、ひたすらバレエのレッスンをやっているので、肩がやっと落とせるようになった感じはありますね。
―役のために体から作る。食生活から全て大変なのではないでしょうか?
「体を小さくするのはちょっと大変だな」と思いましたけれど、筋肉を落とすこと以外はそれほど意識的にやっていたわけではなくて、気づいたら役のために体を作る生活を送っていたんです。だけど、トランチブル校長役からハリー・ポッター役に移行するときに初めて「自分は意外と役に引っ張られるんだな」と気がついて「これは危ない」と思いました。役に無意識にひっぱられてしまうと、中心に流れる軸が失われるかもしれないので、これからは気をつけようと思っています。
―それだけ集中してしまっている…ということですよね。
ほんとうに今、お仕事が楽しくて仕方ないんです!生きがい、生きる意味だと思ってやっています。苦労が苦労じゃなくて、本当に楽しいんです。
―素晴らしいです! さて『ねじまき鳥クロニクル』のお話にもどりますが、大貫さんご自身が再演で楽しみにしていることは?
今回はダブルキャストなので、舞台を客席から観られるのが、とっても嬉しいです。個人的に一番好きなシーンは、間宮中尉の戦争のシーンです。人間の力、演出と振り付けの力、照明やセットの力、全てが掛け合わさった総合芸術です。鳥肌ものですよ。
僕はあのシーンを小説で読むのに3日ぐらいかかりました。それが目の前で可視化されて、どんどんのめり込んでしまって、気が付いたときには「長い時間だった?いや、あっという間だった!」というような不思議な感覚に陥りました。あの時間は忘れられない。今でも夢に出てくるほど、はっきりと景色を覚えています。
そして、演じていて毎回やりがいを感じたのは、クレタに暴行する舞踊とお芝居の混ざったシーンです。
―その場面、私も鮮明に覚えています。おふたりから放たれるエネルギーと空気感に圧倒されて怖いのに目を離すことができませんでした。クレタ役の徳永えりさんが、あんなにも踊られる方だと存じ上げなかったので、そこにも驚きました。
彼女も本当に努力家で、最初のころは、たくさんあざを作りながら稽古していました。ふたりでコンタクトしながらのダンスは、ちょっとしたことでやりやすくなるので、 「大丈夫?」「これは痛い?」「どうやったらうまくできるかな?」と相談し合いながら、1個1個クリアしていきました。僕はダンサーだから躊躇なくできますが、彼女は本当に努力したと思います。
―ほんとうに鮮烈な場面でした。作品全体にそんな魔法のような場面が続いて、不思議な世界で…。
そうですね。まるで『ハリー・ポッター』ですよね。いや、違いますね(笑)
―大貫さんにとっては、どういう作品でしたか?
初演の時は「自分にとってもすごくチャレンジングな作品だな」と思っていたので、かなり緊張していました。だけど、それを経験して、すごく自信がつきましたし、舞踊とお芝居の混ざり合った感覚を自分の中で育てることができた作品であり、この3年半を経た今もその感覚が続いています。ダンサーと俳優の混ざり合ったものを、1歩進めてくれた作品ですね。
―今やダンサーと俳優がシームレスですね。
それに今は歌うことも大切で、その3つがもっともっと尖りながら、混ざり合いながらやれたら、自分が理想とする存在になれるのかなと思っています。
―最後に『ねじまき鳥クロニクル』をたのしみにしている方、まだ行こうか迷っている方にもメッセージをお願いします。
村上春樹さんが初演初日をご覧になって喜んでくれたことを、誇りに思っていますし、村上春樹さんのお墨付きを頂けて、大成功だったと思います。だから原作ファンの方にも、原作を読んでいない方にも楽しんでいただけるだろうと思います。
この作品は、今までに体験したことのない体験ができる総合エンターテイメント、総合芸術だと思います。子供からとはちょっと言いづらいところはあるのですけれど、でも、僕は母の影響で10歳の時からピーナ・バウシュ(Pina Bausch)を見てきて、その経験が今もずっと活きています。だから、僕はこの不思議な世界を子供たちが観てもいいんじゃないかと思うんです。残酷なシーンはありますけれども、幅広い世代のたくさんの方に、不思議な体験を、不思議な旅をさせてくれるこの作品を観てもらえたらと思っています。
舞台『ねじまき鳥クロニクル』
原作 村上春樹
演出・振付・美術 インバル・ピント
脚本・演出 アミール・クリガー
脚本・作詞 藤田貴大
音楽 大友良英
出演
■演じる・歌う・踊る
成河/渡辺大知 門脇 麦
大貫勇輔/首藤康之(W キャスト) 音 くり寿 松岡広大 成田亜佑美 さとうこうじ
吹越 満 銀粉蝶
■特に踊る
加賀谷一肇 川合ロン 東海林靖志 鈴木美奈子 藤村港平 皆川まゆむ 陸 渡辺はるか
■演奏 大友良英 イトケン 江川良子
主催 ホリプロ、TOKYO FM
共催 公益財団法人東京都歴史文化財団 東京芸術劇場
協力 新潮社・村上春樹事務所
後援 イスラエル大使館
公式サイト https://horipro-stage.jp/stage/nejimaki2023/
公式 X(Twitter) https://twitter.com/nejimakistage
【東京公演】
公演日程 2023 年 11 月 7 日(火)〜26 日(日)
会場 東京芸術劇場プレイハウス
チケット料金 S 席:平日 10,800 円/土日祝 11,800 円 サイドシート:共通 8,500 円 (全席指定・税込)
【大阪公演】
公演日程 2023 年 12 月 1 日(金)〜3 日(日)
会場 梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ
主催 梅田芸術劇場/ABC テレビ/ホリプロ
【愛知公演】
公演日程 2023 年 12 月 16 日(土)・17 日(日)
会場 刈谷市総合文化センター大ホール