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ミュージカル『この世界の片隅に』観劇レポート すずの生きる世界が沁みる音楽と共に眼前に

ミュージカル『この世界の片隅に』が、5月9日(木)より5月30日 (木) まで日生劇場にて上演されている。(6~7月には北海道、岩手、新潟、愛知、長野、茨木、大阪、広島にて上演)
本作は、2度の映画化、実写ドラマ化された こうの史代による名作漫画を初めてミュージカルとして上演するもの。10年ぶりに日本の音楽シーンに帰ってきたアンジェラ・アキがミュージカル音楽家として30曲近くの楽曲を、ひとりで手掛けたことも大きな注目を集めている。

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©こうの史代/コアミックス・東宝 製作:東宝

描かれるのは、太平洋戦争下の広島県呉市に生きる人々の日々の物語。
広島から呉に嫁いだ主人公の浦野すず役を昆夏美と大原櫻子(Wキャスト)、すずの夫・北條周作役を海宝直人と村井良大(Wキャスト)、周作のかつての思い人・白木リン役を平野綾と桜井玲香(Wキャスト)、すずの幼馴染で淡い恋心をいただいていた水原哲役を小野塚勇人と小林唯(Wキャスト)、すずの妹の浦野すみ役を小向なるが、周作の姉・黒村径子役を音月桂が演じる。

観劇したのは、大原櫻子×村井良大×平野綾×小林唯の組み合わせ。このキャスト陣はもちろん、脇を固める俳優陣も子役も、すべてのキャストが実力者揃い。歌詞とメロディが一体となって沁みるアンジェラ・アキの音楽と、シンプルな構造でありながら多様に変化するセットによって、ほのぼのとしていながらも悲しみや暗さを内に抱えた『この世界の片隅に』の世界へ、いつの間にか引き込まれた。
それはオープニングシーンでの驚きから始まった。(以下、内容へのネタバレを含みます)

幕が開くと、広い舞台上には何も無い。舞台後方に、端を手でちぎったようなざらざらとした紙…わら半紙のような背景が一面に広がっているだけだった。驚いていると、主人公すず(大原櫻子)が現れ、この作品のテーマ曲♪「この世界のあちこちに」を歌い始める。その歌声に聞き入っていると、次々にいろいろな人たちが現れ、優しいメロディが大きな合唱となって劇場の隅々まで響いていく。まっすぐに力強く響きわたる歌声に「この時代にも多くの人が生きていた。その中のひとりがすずだ」と感じ、あの物語が眼前で始まるワクワクに胸が高鳴った。

物語は時間を前後しながら、人物の心の動きを丁寧に描きつつ進んでいく。アンジェラ・アキの生み出したメロディは、しみじみとした思いを語るにふさわしく、大原櫻子の伸びやかで透明感ある声は、おっとりとしたすずの純真さにぴったり。しかも耳に残る声の余韻は、ハスキーなのかとも思える質感があり、すずが内に抱える不安を表すようで後を引く。村井良大は、台詞がいつの間にか歌になる。周作のすずへの思いは、激しい恋とは違うけれど、どんなにすずを大切に思っているかが伝わってくる。互いの気持ちをつかみきれないでいる二人がいじらしくもあり、ほんわかした気持ちになった。

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©こうの史代/コアミックス・東宝 製作:東宝

とてもリアルに感じられたのは、白木リン(平野綾)とすずの距離感。恵まれない境遇にありながら凛とした美しさのあるリンに魅かれるすず。すずの境遇を察しながら、思慮深く応じるリン。互いに引かれながらも近づけないふたりの友情も、またいじらしく美しい。

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©こうの史代/コアミックス・東宝 製作:東宝

小林唯が演じるのは、水兵となって休暇にすずを訪ねてきた水原哲。男性優位の時代で、女性の辛さばかりに目が向きやすいが、決してそればかりではなかったことに気づかされる。水原の葛藤を秘めながらの潔さが切ない。

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©こうの史代/コアミックス・東宝 製作:東宝

すずと黒村径子(音月桂)は、嫁と小姑という、今も昔も変わらない難しい間柄だが、このふたりの関係の変化も、細やかに描かれる。女性からの離婚は困難だった時代。夫を亡くした妻が、息子だけを奪われて婚家を追い出されることはよくあったと聞いている。径子とて実家に戻ることに肩身の狭さを感じなかったはずはないだろうに「自分から離婚した」と言い切る。そんな径子が更なる不幸にもめげず、思いを吐露する楽曲「♪自由の色」は、名曲揃いの本作の中でもとりわけインパクトの大きな一曲だ。当たり前だと思っていたことが、ある日突然失われてしまう厳しい日常の中で、そのすべてを引き受けても屈しない径子の心意気を、音月は見事に歌い上げる。心を鷲掴みにされる場面だった。

全編を通して、目を引かれたのは、八百屋舞台の中央に大きくとられた盆(回転舞台)。盆は単に回るだけでなく、盆が廻りながら上下に高さを変える。すると舞台の左右にも傾きが生まれて、呉の坂道が現れ、丘ができる。わら半紙に見えた背景は、時にすずのノートにもなり、すずの描く可愛い絵が現れる。思いがけない演出に、しばしば頬がゆるんでしまった。

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©こうの史代/コアミックス・東宝 製作:東宝

注目を集めたアンジェラ・アキの楽曲は、メロディラインのすばらしさ、歌詞との馴染みの良さだけでなく、アレンジのバリエーションも聞き逃したくないところ。ひとつのモチーフが、異なったアレンジで幾度が登場し、場面を塗り替えていく。ハーモニーの美しさも特別で、観終わった後も、その心地よさが忘れ難い。

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©こうの史代/コアミックス・東宝 製作:東宝

そして、忘れてならないのは、この作品の土台となっている、ユーモラスな演技も歌も方言もお手のものの実力ある俳優陣と、透き通る歌声でストーリーをリードする子役たち。時にストリーテラーとなり、時に笑いを振りまいて、深刻な場面にも原作の持つ温かさを呼び戻してくれる。一幕75分 休憩25分 二幕85分、上演時間3時間5分だが、長さをまったく感じることがなかった。
日本でしか生まれない原作から生まれた、日本人の感性を大事に丁寧に作られた ミュージカル『この世界の片隅に』を、是非とも多くの方に体感してもらいたい。

 

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ミュージカル『この世界の片隅に』
クリエイティブスタッフ
原作:こうの史代『 #この世界の片隅に  』
(ゼノンコミックス/コアミックス)
音楽: #アンジェラアキ
脚本・演出: #上田一豪
キャスト
浦野すず: #昆夏美 / #大原櫻子 (Wキャスト)
北條周作:#海宝直人 / #村井良大 (Wキャスト)
白木リン: #平野綾 / #桜井玲香 (Wキャスト)
水原哲: #小野塚勇人 / #小林唯 (Wキャスト)
浦野すみ: #小向なる
黒村径子: #音月桂

白木美貴子 川口竜也 加藤潤一
飯野めぐみ 家塚敦子 伽藍琳 小林遼介 鈴木結加里 高瀬雄史 丹宗立峰

東京公演: 5月9日(木)初日~5月30日 (木) 日生劇場
【全国ツアー公演】
北海道:6月6日(木)~9日(日)札幌文化芸術劇場 hitaru
岩手:6月15日(土)~16日(日)トーサイクラシックホール岩手 大ホール
新潟:6月22日(土)~23日(日)新潟県民会館 大ホール
愛知:6月28日 (金)~30日(日) 御園座
長野:7月6日(土)~7日(日) トーサイクラシックホール岩手 大ホールまつもと市民芸術館
茨木:7月13日(土)~14日(日)水戸市民会館グロービスホール
大阪:7月18日(木)~21日(日)SkyシアターMBS
広島公演:7月27日(土)~28日(日)呉信用金庫ホール
公式HP:https://www.tohostage.com/konosekai/

PV【舞台映像Ver.】