日本、韓国、アメリカ、イギリスから選抜された作家・作曲家が制作したミュージカルの楽曲を、日韓のトップミュージカル俳優が披露する「Songwriters’ SHOWCASE」が、12月18日に東京・シアタークリエで開催された。
参加したクリエイターたちのミュージカル制作への情熱に心動かされ、参加したミュージカル俳優陣の歌のすばらしさに感動し、心底「観たい!」と思うミュージカルの数々に出会えた。参加作品の今後の発展に期待膨らむ楽しいイベントだった。
本公演は、ミュージカル作家・作曲家の育成と日本のミュージカルの底上げを目的として東宝が企画・制作し、「日本の映画・演劇・映像文化の発展と向上」を目指して、東宝が企画・制作し、一般社団法人映画演劇文化協会が主催といて加わったプログラム。
参加したのは日韓米英から各3作品、計12作品。ミュージカル上演を目指す制作陣と楽曲を披露するアーティストが、シアタークリエで上演中のミュージカル「next to normal」のセットがそのままのステージに登壇。クリエイターはみずからの作品紹介を行い、その代表的な楽曲を、MCもつとめた井上芳雄をはじめ、イ・チュンジュ、霧矢大夢、シルビア・グラブ、田村芽実、ダンドイ舞莉花、 チェ・ナヘ、中川晃教、遥海、吉高志音(五十音順)という、実力を誇るミュージカル俳優たちが披露するという趣向だ。
MCを担当した井上芳雄
緊張の面持ちの制作陣による渾身の作品解説からは、ミュージカル制作への情熱を直に感じ、発想の豊かさに驚かされる。次々に披露された楽曲は多種多彩。実力派揃いのミュージカル俳優の歌唱によって作品世界を体感させてもらい、どんな物語なのか、作品への想像が広がっていく。同時に、ミュージカル俳優陣の表現力の豊かさ、歌声のすばらしさに改めて気づかされた。ミュージカルの楽しさを満喫させてもらい、未知なる作品への期待に胸ふくらむイベントとなった。
では登場した12作品をご紹介しよう。
吉高志音 矢崎広
☆1曲目は韓国のイ・レアが脚本・作詞、ソン・ボンギが作曲の「きょうの料理」より「食べさせたい」。
金を稼ぐために料理を始めたが、恋をして相手に美味しいものを食べさせたいと本気で料理に取り組みはじめたセビョクと、片思いの相手に料理で気持ちを表そうと料理を習っているイルムが二人で歌う楽曲。韓国の制作陣が「日韓の友好の意味も込めての挑戦」と、日本の俳優に楽曲を託した。矢崎広と吉高志音のふたりは語るように優しい歌声で複雑な思いを歌う。「料理は美味しい贈り物」というメッセージが心に残り、あたりまえの日常にある料理を改めて見直そうという思いが心に浮かんだ。
矢崎広
吉高志音
☆2曲目はアメリカから参加のアビー・ゴールドバーグ脚本・作詞、メイソン・マクドゥエル作曲の「504:The Musical」より「I’m Okay」。題材となるのは、1977年に100人を超える障害者がサンフランシスコの政府ビルを平和的に占拠した抗議活動。メイソン・マクドゥエル自身がキーボードの弾き語りで披露した「I’m Okay」は、車いすの弟キースのためメンタルに不調を抱えながら抗議行動に参加したポールが、「僕は大丈夫」と自問自答するように繰り返す一曲。弾ける音とは対照的に、ポールの苦しさが心に滲んだ。
遥海
☆3曲目はイギリスのリオ・マーサーが脚本と作詞を、スティーブン・ハイドが作曲を担当した「Pop Art」より、「Mystery to Me」。この曲を歌うのは、モナ・リザ。遥海があの名画の主人公、モナ・リザとなって、謎めいた微笑みの裏で抱えてきた思いの丈をダビンチにぶつけるように歌う。その圧巻の歌声と、今まで考えたことがなかったであろう新たな視点に、客席全体が衝撃をくらったように静まり返り、曲が終わると万雷の拍手に包まれた。遥海はモナ・リザが額縁の中から登場し、歌い終わると額縁の中へ戻っていくという演出を加えていたことも明かした。
中川晃教
☆4曲目は上野窓が脚本・作詞、広田流衣が作曲を担う「惑星の旬」より、中川晃教が大学生ながらラジオDJとして活動するケンとなって、幼馴染のサツキへ伝えられなかった恋心を吐露する「Late Summer Love Song」を披露した。
ツボとなるのは、ケンが一人でDJとリスナーの一人2役を演じるDJごっこをしながら、恋心を軽快で心地よいシティポップに乗せて歌い上げること。中川晃教の一人2役の愉快なラジオ放送に、客席もノリノリに。はまり役ともいえる中川からは、本公演への出演希望も。
ダンドイ舞梨花
☆5曲目はイギリスのレイチェル・ベルマンの脚本・作詞、エリザベス・チャールズワース作曲の「The Dickens Girls」から「Fortune」。物語の舞台となるのは、犯罪と売春が蔓延する1847年の英国。莫大な財産を相続した女性、アンジェラ・バーデット=クーツが、その幸運への罪悪感と闘いながら、財産の有効な使い道に悩み・苦悩する、物語序盤の楽曲。
後に大慈善家として知られ、世間から見放された女性たちの施設をチャールズ・ディケンズと共に設立したアンジェラ。この1曲だけで、彼女の人生に引き付けられた。と同時に、今、盛んに話題に上る“投資”というものの本質についても考えさせられた。
歌唱したのは、ダンドイ舞梨花。歌い終わると、この時が初対面だったという井上芳雄が駆け寄って絶賛したのも納得の、豊かな声量での毅然とした魅力あふれる歌唱だった。
イ・チュンジュ チェ・ナへ
☆6曲目は韓国から。脚本・作詞はイ・チャンヒ、作曲はイ・ナレの「Dawn Touch」より「世界一混んでいる、誰もいない場所」。イ・チャンヒがこの作品のインスピレーションを得たのは、銀座のカフェで別れ話をする韓国人のカップルを見たことからだそうで、夜明けの誰もいない遊園地を思い浮かべながら聞いてほしいとリクエスト。イ・チュンジュとチェ・ナへが、「世界一込んでいる、誰もいない場所」というフレーズが印象的な、ロマンチックなデュエットを披露した。
田村芽実 霧矢大夢
☆7曲目は、脚本・作詞を翠嵐るい、作曲を桑原まこが担った「アンナの手紙」から「The Letter from Anna」。作編曲家・音楽監督として、指揮者・演奏家として、さらには『いつか〜one fine day』『GREY』の作曲でも知られる桑原まこが登壇したことは、このショーケースが真に実力あるクリエイターが集まったショーケースであることを再認識させてくれた。と同時に、ミュージカルを上演することがいかに簡単でないかを思い起こさせてくれた。
楽曲「The Letter from Anna」を歌うのは霧矢大夢と田村芽実。クラウディア(霧矢)は絵を教えたアンナ(田村)が贋作を描いたと確信を持つ。そこに手紙が届き、贋作を描くしかなかったアンナの苦境と、かつて抱いた“偉大な画家になる”という夢への思いを二人が歌う。ドラマチックな楽曲に、田村は「魂を持っていかれた」と打ち明け、霧矢もこのショーケースに参加できた感動を繰り返し語っていた。
霧矢大夢
田村芽実
チェ・ナヘ
☆8曲目はアメリカから。クレア・フユコ・ビアマンが脚本・作詞、エリカ・ジィが作曲を担当した「VISARE」より「Smoke and Mirrors」。ペトラという曲芸師が想像する素晴らしいサーカスの世界を描く一曲。今回披露された12曲の中で、演奏を担当するバンドにとって一番難易度が高いと言われた楽曲は妖しく美しく、歌うチェ・ナヘのよく響く歌声が高く高く昇っていった。
フィン・アンダーソン シルビア・グラブ
☆9曲目は脚本・作詞・作曲をイギリスのフィン・アンダーソンが手がけた「The Swansong」から。予想もしなかった場所で自分の人生をみつけだすという物語で、披露された「Caledonian Sleeper」は、自分と自分の中の声とのデュエットともいえる楽曲だそうで、アンダーソン自身とシルビア・グラブがデュエットで披露した。夜汽車に揺られているのが感じられるリズムが、掛け合いとハーモニーの妙と合わさって、不思議な心地よさを生み出していた。
☆10曲目は脚本・作詞は大徳未帆、作曲は竹内秀太郎による「Picasso」から「Echo」。
主人公のAは、芸術家として成功していくピカソを嫉妬し追うことをやめられない。そんなAは妻・リラに救われ、故郷ゲルニカで幸せに暮らしていたが、突如「ゲルニカ空爆」に襲われ、妻と娘、利き手を失う。絶望するAの前に飛び込んできたのは、ピカソの『ゲルニカ』。すべてを持っているはずのピカソが、なぜこの絶望を描けるのか。
Aの揺れ動く情念を歌い上げる大ナンバー「Echo」を、井上芳雄があっぱれな歌唱力で歌い上げた。
制作したふたりはミュージカル『ムーラン・ルージュ』で活躍していたスタッフとのこと。他のクリエイターも同様だと思うが、忙しい現場で仕事をしながら、創作を続けること、創作への意欲を燃やし続けることは簡単ではないはず。是非とも夢を叶え、素晴らしい作品を上演してほしい。
☆11曲目はアメリカから参加のアディー・シモンズ脚本・作詞、アダム・ラポート作曲の「Mommy Issues」冒頭の一曲「Never Gonna Be Like Them」。
イプセンの名作「人形の家」の舞台をテキサスに置き換え、新たな視点から描いた作品。最悪の夜を過ごした後、夫が妻に「俺の両親は離婚した 親のせいで俺はダメ人間」「あいつらのようにはならない」と歌う「Never Gonna Be Like Them」を、中川晃教が英語で歌った。最初はウクレレで作曲したというノリのよいこの曲を聴きながら、この曲を聴いた妻の心情にも思いが飛び、時代や場所が違って変わること、変わらないこと、テキサスという土地が名作にどんな変化をもたらすのか。作品への興味が増した一曲だった。
イ・チュンジュ
☆12曲目、最後の一曲は、韓国のハン・チアン脚本・作詞、ハ・テソン作曲の「The Miracle Boy」より「I Wish You a Merry Christmas」。
クリスマスが近いこのイベントに相応しい“クリスマスの奇跡“を描いた作品とのこと。日本でもファンミーティングを開催しているイ・チュンジュが、客席に笑顔を振りまきながら、”街の声“を演じる客席と声を揃えて歌う楽しいクリスマスソングとなった。ラストには雪降るように白い紙吹雪が舞い散り、ロマンチックなクリスマスムードにあふれた。
全曲のパフォーマンス終了後には、ステージに全クリエイターとキャストが勢揃い。MCに歌唱披露にと大活躍し、「僕の持てるスキルのすべてを注ぎ込んだ」と話していた井上芳雄が、改めて「今日は新しい才能と出会う素晴らしい機会になりました。僕らも今後、より素晴らしい作品を届けられたら」と挨拶してショーケースは幕を閉じた。
ミュージカルを企画・製作する方々にとってはもちろん、私たち観客にとっても、多くの才能と出会い、新たな興味と刺激もらい、ミュージカルの楽しさを実感できた貴重なイベントとなった。
披露された作品の数々に、近い将来、劇場で再会できますことを、切に願っています!
『Songwriters’ SHOWCASE』
2024年12月18日(水)シアタークリエ ※公演終了
構成・演出:上田一豪
出演
MC:井上芳雄
イ・チュンジュ / 霧矢大夢 / シルビア・グラブ / 田村芽実 / ダンドイ舞莉花 / チェ・ナヘ / 中川晃教 / 遥海 / 矢崎広 / 吉高志音