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『トーマの心臓』開幕レポート

スタジオライフの『トーマの心臓』上演20周年を記念した、萩尾望都作品連鎖公演がいよいよ開幕した。

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連鎖上演される『訪問者』、リーディング『湖畔にて-エーリク十四と半分の年の夏』に先んじて開幕したのは『トーマの心臓』。
少年たちの心情を瑞々しくたどりながら、人生の根源にある孤独と人と人とのつながりを詩情豊かに描いて、初日とは思えないほどの完成度を見せた。

公演は2016年2月24日(水)~3月13日(日) シアターサンモールにて。
公式HP http://www.studio-life.com/stage/toma2016/

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ドイツのギムナジウム(高等中学)で透明な時を生きる少年たちを描いた萩尾望都の原作が世に出たのが1974年。
40年以上もの時を超えてなお人々に愛され続ける傑作を、初めてスタジオライフが舞台化したのが今から20年前のこと。
今は漫画・アニメ・ゲームを舞台化する「2.5次元舞台」の上演がブームとなっているのが、『トーマの心臓』はその先駆けとなった作品だ。

しかし、昨今上演される2.5次元舞台と大きく異なるのは、単なる「キャラクターの再現」に留まらないということ。作品の持つ世界観を徹底的に再現しながら、心情の流れをデリケートに積み上げることによって、登場人物がそこに生きた人間として存在する。まさに「人間ドラマ」として舞台化したのだ。
これは「『トーマの心臓』が上演したい」と熱望した脚本・演出の倉田淳が作品に心から共感し、萩尾が描いた本質に細やかに寄り添ったからこそ可能になったことだろう。

劇団創立30周年記念公演第五弾として上演される今回公演の特徴は、乗峯雅寛による舞台美術とアニバーサリー・キャストだ。

第23回読売演劇大賞最優秀スタッフ賞を受賞した乘峯の舞台美術はグレーを基調とした2階建てのセットで、ドイツのギムナジウムの研ぎ澄まされた空気感を醸し出す。学校という閉鎖的な空間に、遥かな高みを感じさせる美術は秀逸だ。さらに、工夫を凝らして教室や寄宿舎、図書館など様々な空間を一瞬にして出現させ、スピーディな舞台転換を可能とする。
そして、アニバーサリーとして集まったレジェンド・キャスティング。1996年の初演でオスカーを演じた笠原浩夫が13年ぶりにオスカーを演じ、1997年の再演以来ユーリ役を演じ続ける山本芳樹が満を持して当たり役に挑む。そして、2014年公演ではユーリを演じた松本慎也が5年ぶりに3度目のエーリクを演じる。キャリアを積み重ねたキャストたちがいかにして少年たちとして生きるのか。大いに注目されるところだ。

内面に迫る倉田演出によって、キャストは少年の心の揺らめきを自らのものとする。年月を重ねたからこそ、より新鮮に役柄に取り組めるというのが新たな発見で、演劇的な驚きでもあった。
罪の意識に悩むユーリ、彼の心に深く入り込んでいくエーリク、二人を見守るオスカー……、それぞれに欠損した部分を持つ少年たちがあるいは心を閉ざし、あるいは心を開きながら、確かに思いを通わせ合う物語。山本はユーリの孤独な心のひだを厳しく見つめ、憂いはさらに色濃くなった。松本はやんちゃな少年エーリクをのびのびと演じる。エーリクの素直な心が孤独なユーリに影響を与えていく心情の変化に大きなドラマがあった。そして、13年を経て再びオスカーに挑んだ笠原は、さらに役柄に奥行をもたらしてオスカーの人物像に肉薄する。
特筆すべきは石飛幸治のレドヴィで、ユーリを愛し亡くなった少年トーマの書いた詩を読むシーンに思いがあふれた。人は亡き人との関わりの中で影響を受け、思いを継いで生きることができるのだと、萩尾作品の根源にあるテーマを深く感じ取った。

時は流れる。移ろいゆく少年をテーマとした作品を20年間同じ劇団で演じ続けるというのは、日本では類を見ないことだ。トーマの父親ヴェルナー氏を長年演じ続けた劇団代表、河内喜一朗は2014年の『トーマの心臓』公演中に他界した。しかし、河内の思いはこの作品の中に受け継がれ、劇団員たちは高みを目指す。劇団だからこそ作り得た舞台。20年の月日の持つ意味を感じさせる公演だった。
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さらに今回の連鎖公演ではオスカーの幼少期を描く『訪問者』と、『トーマの心臓』後日談となるリーディング『湖畔にて-エーリク十四と半分の年の夏』が上演される。『訪問者』では、父親と逃亡の旅を続ける少年オスカーを若手の久保優二が演じる。独立した物語世界を描きながらも、各公演を連鎖させることで、より奥深くそれぞれの作品世界に入り込むことができるだろう。       (文/大原 薫)